橋本治とナンシー関のいない世界で

「上野駅から夜汽車に乗って」改題
とうとう橋本治までなくなってしまった。
平成終わりの年にさらに改題してリスタート。

テレビは芸能人の癌について騒ぎ過ぎだよな

2015-09-26 22:39:53 | ガン

昨日と今日の情報番組。北斗晶さんと川島なお美さんのことがあったとはいえ、あまりにも癌のことばかりやりすぎだ。
世の中には他にたくさん難病や大病はある。糖尿病患者も増え続けている。なのに、癌ばかりがなぜこうも大騒ぎされるのか、一度よく考えてみた方がいいのではないか。

最近では、早期の癌なら治ることが多いと言うようになってきてはいるが、それでも、これだけ芸能人の癌に大騒ぎすることで、「癌は死の病」という社会的なイメージはなかなかなくならない。そうしたイメージのために、早期の癌なのに自分は死ぬと思い込んでしまい、本来なら助かるはずの人が、気持ちも体力も落ち込んで本当に亡くなってしまうこともあるそうだ。思い込みというものは思うよりも心身への影響が大きい。なのに、世の中には癌というと、悲壮なイメージばかりが溢れる。

私自身、乳がんを身体の中に持っている。治療後10年以上経って、再発しているみたいだと去年の夏に知った。自分の話をすることには躊躇があったが、昨日今日の報道があまりにひどいので、重い腰をあげることにした。

私は去年の夏以降も、ずっとふつうに仕事し(最近、必要最低限しかやってなくて、そろそろもっとちゃんと仕事せねばと思っているけど)、ふつうに暮らしている。自分なりに、食事を変えたり、砂糖と乳製品やめたり、遠赤外線サウナに入ったり、整体行ったり、ミネラル飲んだりとかして、癌を抑えるための諸々をやっているが、必死の形相で「闘病」とかしているつもりはない。経済的に頼れる人もいないから、ちょっとでも仕事休んだら暮らして行けないし(フリーランスという不安定な仕事だが、こういうときは、時間が自由になるのでありがたい。ただ、収入の不安はありますが…。収入源募集ですw)、サウナや整体もできない。ご飯も自分で作らなきゃいけないし、必然、「闘病」なんてできないのだ。それに、私はへたれなので、苦しい治療しながら仕事続けられるほど、根性が座っていない。経済的に余裕があれば、ハワイや沖縄にでも行って、日がな一日、泳いだり、歌ったり、踊ったりして療養したいところだが、そんな余裕もないので(かわりにカラオケよく行ってます。歌うのは身体に良いのです!)、この東京で仕事しながら、こうしたヒドい癌報道なども目にしてしまうのだった。

もし私が有名人だったら、テレビでは眉間にしわ寄せて「病と闘って下さい」と言われるのだろうか…。そして、全国の人々からは「いずれは死ぬのかなあ…」なんて、心の中で思われちゃうのだろうか。もちろん、多くの人は応援してくれるのだろうけど、今の世の中の認識だと、その応援は「治してね」というより、「死なないで」という意味だ。多くの人が無意識にでも、私のことを「死ぬかもしれない」と考えると思うと、ちょっと怖い。そうした無意識が塊になって襲って来て、死んじゃいそうだよ。こういう癌報道の洪水を見ていると、あー、有名人でなくてよかった…とつくづく思う。

自分もテレビの仕事をやってるからわかるが、テレビのような時間の制約を受けるメディアは一度に伝えられる情報量が少ない。そんな特性のメディアには、癌のような、人それぞれ原因や症状、治療法も対処法も千差万別なものの報道は向かない。
けれど、多くのマスメディアは癌の「死の病」というイメージを利用して、視聴率や部数をかせぐために大々的に報じるのだ。

例えば、今、私がやっていることも、あくまでも私自身が自分の現在の身体の状態や経済的状況などから総合的に判断した上でやっているのであって、状況の異なる他の人に勧められることではない。そうした状況も説明できる土壌が無い限りは、無闇に情報を垂れ流しにすべきではないと思う。

「癌」は今や単なる病気ではなく「社会的な病」になってしまっている気がする。