江別創造舎

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富士製紙株式会社江別工場2

2019年06月10日 | 歴史・文化

 明治41(1908)年12月操業開始の富士製紙株式会社江別工場は、江別における、かつてない目をむくような大工場の出現となりました。
総敷地69,000坪の中に、工場、木材置場、社宅、鉄道線路などが配置されました。

 そのうち、工場の主な施設は次のとおりです。
 機関室200坪・ダイゼスター室100坪・抄造室160坪・エンジン室150坪・スクリーン室450坪・営繕工場140坪・発電室35坪・ビーター室200坪・ポンプ室90坪・製薬及び調査室240坪・漉場800坪
  計2,565坪

 明治42(1909)年9月現在の職員数は、500人でした。
これらが工場敷地内の職員住宅、職工長屋、職工合宿所、あるいは市街の借家などに住し、毎日指呼の間の工場の門を群れをなして潜んでいました。
その朝夕の出退勤の光景は、官員や教員を除く、江別における最初のサラリーマン群の通勤の姿でした。

 江別工場の主製品は、新聞などの印刷紙と包装紙でした。
大正3(1814)年以降の上昇は、欧州大戦の影響でした。
戦場から離れた日本は、この大戦では、あたかも兵站部(へいたんぶ)の役割を果たしていました。そのため、戦争の拡大と共に、生糸や綿織物など欧州で不足の製品の輸出増大により、日本は漁夫の利ともいうべき経済発展を遂げました。
富士工場の好景気も大戦特需といえました。


註:江別市総務部「新江別市史」224-225頁参照。
写真:王子特殊紙株式会社工場パルプ倉庫を石狩川沿いから撮影
   パルプ倉庫は、野幌煉瓦を使用した現存する建物として最古の建物です。

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