江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

ツイシカリ泊小屋1

2018年03月13日 | 歴史・文化

 遠山・村垣一向に随行した東甯元槇<とねげんしん>の紀行文『東海参譚』にも、ツイシカリの様子が記されています。

  11日、イシカリ川を船にて泝る。川上へ行程川幅狭けれども、川水は甚だ深し。
  ハツサブ 五軒、サッポロベツ 夷 ヒトヰトウベツ トマムタヰ 夷 ツイシカリ 上陸して泊まる。
  夜更前也。草野の、たゞ雨露をしのぐのみ。
  (以下詩文略)

 最子員とは最上徳内です。
 一行に同行していた徳内は、ツイシカリで一行と別れ、当別川を上りさらに夕張地方まで探検します。
  翌文化4年(1807年)、幕府は前年来のロシア船のカラフト、千島襲撃がリシリ島にまで及んだことを受  け、8月、徒目付神谷勘右衛門らに東蝦夷地クナシリ島周辺まで、そして小譜方近藤重蔵らに西蝦夷地リシリ島 辺りまでの巡見を命じました。
  近藤一行の小人目付田草川伝次郎の『西蝦夷地日記』は、この時のものです。
 帰路は同じくツイシカリ泊小屋に宿しました。

 一 イシカリ川筋左右山不見一圓平地林木茂り川岸川柳一圓有之折々鮭漁小屋あり是はイシカリ川口よりサッポロ迄之間川丈け百里餘之蝦夷集り鮭漁の所よし秋味荷物積出し夫より銘々食料を取干上げ追々本宅へ戻る此節もいまだ鮭小屋に居るものも有之今日も歸舟多有之

 一 石狩川筋右之方に川尻有⋁此分
    ハッシャブ
    サッポロ □□<不明>トウベツ其外夷地家あり
    ツエシカリ
     ツエシカリ泊小屋は川尻より餘程先左にあり左には川無し
 一 行程凡11にり
    くり舟に而も短日之頃は朝6時より出精候而も夜に入よし
 一 ツエシカリ泊小屋は石狩より建しよし誠之小屋也

 

註 :江別市総務部「新江別市史」90-91頁.
写真:松前蝦夷地嶋図(北海道大学附属図書館所蔵)
 同上書90頁掲載「図2-7」を複写し、掲載いたしております。

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