江別創造舎

地域文化振興活動・江別カルタ制作

開墾の頃

2018年10月10日 | 歴史・文化

 兵役と同時に求められたのが、開墾・農役です。

 開墾すべき土地は、原始の森の中にありました。
「この篠津といふところがこの付近にも稀にみる森林地帯でありまして、仰げば大木、天を蔽ひ、下には一丈にも余る熊笹が生ひ茂ってゐるという有様で、これをどういふ風にして開墾しようか、どこから手を出したら良いだろうかと、一時は全く困惑、嘆息、呆然」(名越源五郎)としたのは、ここ篠津の例にとどまりません。

 屯田兵の入地にあたり、厚い保護がなされたことは既に述べました。
もちろん開墾用の農具も支給されましたが、しかし、これらの農具で昼なお暗き原始の森をいかように拓くことができるだろうか。
しかも、彼等大方の前身は鋸、鍬とは無縁の士族です。
第一、命がけの大仕事にも関わらず、伐木の仕方がわかりません。
そのため、伐木中に木の下になり圧死したり、大怪我をしたり、倒木で兵屋を崩したりの事故は数え切れません。
それに加え、寒さも大敵です。
特に西国出身者は苦しかった。初めての大雪であり、初めてのシバレであり、心も萎えました。
翌春は木の切り株を残したままの部分的まきつけとなりますが、やぶ蚊やブヨの大群の来襲です。たちまち風土病に犯されました。

 「間歇熱(おこり)は開墾地特有の風土病です。おこりは、蚊の媒介により伝染するもので、土地の湿気がこれを助長します。(中略)おこりに罹ると欠伸が連続的に出て寒気がする。綿入の着物を2、3枚着て布団を冠っても温まらない。いっていの時間が経過すると高熱が出てくる。」(『屯田兵生活考』)。

 ともあれ、訓練にしろ、開墾にしても、一人送れることは許されません。
一人の遅れは兵村全体の名誉に関わるものとされました。
「中隊付士官一同、日々週番所に集会シ兵卒ノ成立、事業の進歩ヲ議スベシ」(屯田兵日課ノ勤務第三条)。
「毎土曜日午前9時 各士官一同大隊長詰所ニ集合シ 兵務及ビ農業事業ニ関スル意見ヲ詳カニ申述 大隊長ハ其条件ヲ審議スベシ」(同前・第4条)。


註 :江別市総務部「新江別市市」157-158頁.
写真:屯田兵春季演習 手稲近傍 明治24年
 同上書157頁掲載写真3-14を複写・掲載致しております。


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