エバ夫婦の山紀行ログ

道産子60代サラリーマン
主に夫婦で登った北海道の山を中心に紀行文を載せています。

九州の山旅中・・・

2018年10月17日 | 日記
■ 10/17~20  九州・久住山の山旅中・・・
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ganさんの沢納会に参加

2018年10月14日 | 山紀行 (道央・札幌・積丹)
※ 工事中・・・

ganさんの沢納会に参加
秋晴れの深沢川キャンプ
■ 山 行 日    2018年10月13日(土)~14日(日) 1泊2日
■ ル ー ト    白老川支流深沢川キャンプ地~C250二股まで
■ メ ン バ ー     21名
■ 登 山 形 態     沢登り
■ 地 形 図    1/25000地形図   「徳瞬別山」
■ コースタイム   森野橋P~深沢川キャンプ地     40分
           キャンプ地~C250二股まで 3時間05分 
           二股林道出合~キャンプ地まで    40分
           キャンプ地~森野橋P        45分

<登り>
09:05     森野橋P出発
09:45     深沢川キャンプ地着
          テント設営
10:20     納会遡行開始
12:10     C250二股橋

<下り>
12:10     深沢林道出合
13:30     キャンプ地  納会キャンプ開始

<14日 下山>
07:30     キャンプ地出発
08:15     森野橋P


★ 人気恒例ganさんの沢納会・・・
HYML創立メンバーと言うより、「沢登りのganさん」で有名なganさんこと岩村和彦氏。
HYMLでは、顔の見える懇親会「ツボ岳」を発案し約20年間に渡り毎月懇親会を企画・開催
して来た功労者で今のHYMLが存在しているのもganさんの功績は大き過ぎると言っても過言でない。
そのganさんが毎年この時期に計画しMLで呼び掛ける「沢納会キャンプ」は人気で多くの会員が
集まるオフミの一つになっている。

ganさん自身は沢シーズンが始まれば、納会と同じように沢登りの計画を立てMLで同行の仲間を
募集しているが、いつも参加のチャンスを逃し毎年沢納会だけの参加で終わっているのが現状だ。

それだけに楽しみは大きく、沢でのキャンプは外せない私の行事にもなっている。
何より参加するHYMLの仲間たちと沢を楽しみ、自然の中でワイワイ酒を飲み、歌い、語り合う
シチュエーションを思えば「街のルック岳」とは一味も二味も違うエネルギッシュを与えてくれる
納会になっていることは間違いない。

今回、集まったメンバーは21名。
ほとんど馴染みのメンバーだが、初参加のメンバーも居るとより賑やかさを増すから面白い。

<参加メンバー>
ganさん、チョーさん、シュンさん、悦ちゃん、Sさん、イチローさん、トミさん、金ちゃん
はまなすさん、まゆちゃん、iwaさん、かすみ草さん、ゆふさん、てるちゃん、クリさん、青ちゃん
スケコンさん、カズさん、シラネアオイさん、サイちゃん、私



集合場所は、白老町森野の「ホロケナシ公園駐車場」・・出発前の顔合わせと計画の内容を確認している

★ 一見、異様な集団?・・・
恐らく普段は物静かなこの地に於いて、20人以上の一行が大きなザックを背負いヘルメットを被って
道を歩いている光景は、一見異様に見えるかも知れない。

ホロケナシ駐車場から移動する事約500m。
森野橋手前にある林道分岐には広い駐車スペースがありここに車を停める。
そして、白老川に架かる森野橋を渡った先に今日の辿る林道出合がありいよいよ出発だ。



森野橋を渡る異様な御一行様・・・


林道の正式名は不明。この先に支流となるポンベツ川と深沢川に続く林道がある。


私です。前回に続き「背負子」で来てみました・・・。

★ 秋晴れの深沢川遡行・・・
林道歩きは約40分。
かつては車も走れる林道。メンバーそれぞれのペースで秋晴れに恵まれた林道をのんびり歩く。
幾つもの会話のグループが出来て先頭から最後部までの距離は大きい・・。でもそれが楽しい。

分岐から10分ほど深沢川沿いの林道を歩くとキャンプ地に予定している広い河原に着く。

先にテント類を設営してから沢に挑む事になり手慣れたテントの設営は早かった。
キャンプ地に着いてから30分強で終了し、いよいよ出発である。

21名中遡行を楽しむのは19名。2名はテントキーパーとなり留守番だった。



深沢川の遡行に出発・・・


最初の滝の前で撮った集合写真。19名全員です。

★ 一昨年の沢納会・・・
一昨年の沢納会も同じ深沢川だったが、この時何故か私はテントキーパーを名乗り出た。
天候も快晴で沢日和、楽しみにしていた遡行に何故同行しなかったのか・・・。
それは、意外にも単純な理由だった。

「喉が渇いていた」「ビールを今飲みたい」

が、大きな理由・・・。
敢えて加えればいつも酒を飲み合うiwaさんが、食担でテントキーパーしながら準備をすると
知れば、ここは「内股豪薬(うちまたごうやく)」とか「行雲流水(こううんりゅうすい)」とでも
言って体裁良く沢よりも飲む事を優先した、ただの呑んべぃオヤジなのだった。

みんなを見送ると同時に我慢していたビールをグイっと飲み干し、「旨いぃ~」と気分爽快。
その後は、全員分のテントを設営し、焚火の薪を集め、鍋の水を沸かし食担の手伝いもきっちり
と慣行したのは言うまでもない。

遡行を終えたメンバーが帰る事にはほろ酔い気分で、いつものバカになったのが一昨年である。


★ 沢初心者も楽しめる深沢川・・・


大きな壷を持つ最初の二段の滝。両サイドのヘツリが楽しい滝越え・・




































































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羊蹄山(1898m)真狩コース再訪

2018年09月27日 | 山紀行 (道央・札幌・積丹)
4年ぶり13回目の登頂・・・
復興祈願・・・羊 蹄 山 (1898m)
■ 山 行 日    2018年9月25日(火)  日帰り
■ コ ー ス    真狩コース
■ メ ン バ ー     夫婦登山 №13
■ 登 山 形 態     登山道
■ 地 形 図    1/25000地形図  「羊蹄山」
■ 三角点・点名    一等三角点  点名「真狩岳 マッカリダケ」
■ コースタイム   登り  5時間  下り  2時間50分
<登り>
08:25     登山口出発
08:40     1合目
08:50~53  南コブ展望台分岐
09:00     2合目
09:20     3合目
09:50     4合目
10:25     5合目
10:55     6合目
11:20     7合目
11:45     8合目
12:10     9合目(小屋分岐)
12:15     肩
12:43     外輪分岐
12:55     旧小屋跡
13:25     羊蹄山頂上

<下り>
13:45     下山開始
14:15     外輪分岐(岩場経由)
14:30     9合目
14:50     8合目
15:00     7合目
15:12     6合目
15:30     5合目
15:48~52  4合目 休憩
16:05     3合目
16:15     2合目
16:20     南コブ展望台分岐
16:25     1合目
16:35     登山口


★ 被災後、はじめての夫婦登山・・・
9/4の台風21号、9/6の胆振東部地震の災害に見舞われ、行けたはずの登山は
すっかりご無沙汰になってしまった。
壊れた家の修復は、ハウスメーカーにお願いするもいつの事になるか見通しが立たない状況。
工事の見積もりも出ず少々ストレス気味な日々が続いている。それでも、わが家はまだいい・・。
取り敢えずは住む事への不便も無く、日常を取り戻した感の生活は出来ているからだ。

災害ボランティアに参加し、町内の損壊した多くの家屋やそこに住む方々とお話しすると
先の見えない暗い話で終始していた。ただ、そんな中でもボランティアの皆さんのお陰で
家の中が片付き、出た災害ゴミもきれいにしていただいたと笑顔も見せてくれると、暗い
話だけではなく復興に向けた前向きさも見えてちょっとホッとする。

まだまだ多くの方が困っているところ、呑気に登山なんて・・・不謹慎だと言われるかも知れない。

でも、自分たちに出来る事しか応援出来ないのも事実なのだ。
被災された方々も、いつまでも沈んでばかりではいけない。きっとそう思っているはず。
一歩ずつ前に進むことだけを考えて今は頑張る時だと思って欲しい。

私たちも一緒に前に進む事でこれからの復興の弾みとなり、私たち自身が元気でなければ
被災された方々も元気になれないのだと考えて、今日の休日は登山と決めた!

前回の夫婦登山は、8月28日丹鳴川遡行だったから約1ヵ月ぶりになる。
この歳になると1ヵ月のブランクは大きく鈍った筋肉を試すためにも羊蹄は適地だと思った。



羊蹄山管理保全連絡協議会事務局(倶知安町役場内)発行のパンフレッドから・・

★ ピークハント夫婦・・・
ブログの自己紹介でも公表している通り、私たち夫婦の目標は「北海道の1000m超峰全山制覇」
としている。(あくまで目標・・・)と言いながらも山の計画を立てる時には、未踏の1000m超峰を
優先して山選びをすることが多くなっていた。ピークハントは単なる自己満足に過ぎないが、山登りの
一つの目標とすれば自らをスキルアップしたり、高揚したり、達成感無くして登山なしのようなピーク
ハンター化に転じてしまう傾向が強くなってしまった。

夫婦登山の利点は、山に関するすべての事を夫婦で共有出来る事かなと思う。
計画から始まり装備や食材の準備、登山口への移動、宿泊そして登山、景色の共有、登頂の喜び、夫婦
の会話、更に計画の変更、中止まで誰に気遣う事なく自由である気軽さだと思っている。
反面、夫婦喧嘩をしてしまうと計画が中止になったり、家庭内の事情でもよく中止になる事も多く
そこに悪天候が加わると中々ピークハントだけに拘ると山そのものに行けなくなる事も痛感している。

450座前後を数える1000m超峰・・・
まだ夫婦で制覇したという報告は聞いていない。
これまで私たちが登った1000m超峰は約300座。残り150座は決して楽な山ではない。

還暦も過ぎた二人が登るには、より計画的に無駄のない登山をしなければこの目標はたち切れになる
可能性も危惧されるところだ。

まずは、登る事。
達成への行方は遥かなる先にあるもまだ諦めた訳ではない。


★ 羊蹄山・・・
羊蹄山は、4年ぶり13回目の登頂(妻は5回目)。
4つあるすべてのコースからも登頂済みで積雪期のBCでもよく訪れている山である。
真狩コースであれば自宅から登山口まで約2時間で行け日帰りが可能であることからピークハント
出来ないときに選ぶ山の一つにもなっている。
どのコースも比較的整備されているが、特に真狩コースは「羊蹄山自然公園」の中に登山口が
あり、駐車場やトイレ、水などキャンプ場も整備されているので人気のコースだろうと思う。

久々の登山で選んだ羊蹄山。
正直、不安があったがこれくらいの山で音を上げるならもうどこの山にも行けないぞ!と
自分に活を入れるためにも適した山だと敢えて選んでみた。

心配していた天気も高曇りで雨の心配はなさそうだったが、羊蹄山特異の雲が山頂部に掛かり
嫌な雨雲の気配を感じながら出発する事にした。

登山口の入林届には、数組の先行者がいるようで平日にも関わらずはやり人気の山と納得する。



夏の真狩コースは5年ぶり、初秋漂う登山口へ久しぶりの登山は開始した・・・


登山口の気温は13℃、紅葉した木々がちょっと寒々しい


真狩コース登山口

★ のんびりしか登れない・・・
登山口から広葉樹の葉は、初秋を思わせる落葉が目立ちひんやりした空気の中で出発した。
風も無く穏やかで気持ちの良いスタートだった。針葉樹林との混合林の中の登山道を
歩けば紅葉したモミジの葉が色鮮やかで「登山に来たぞ~」とスイッチが入った気がする。

最初の1合目標識からコースタイムをとりながら長い登山路を一歩ずつ登り2合目、3合目・・と
数が増えていくのが嬉しくてほとんど休まず登り続けた。
このペースなら4時間くらいで登頂出来るかな?と思っていたが、勘違いだった。

5合目を過ぎる頃、完全にガスの中に入り下界が見えなくなっていた。
風も出始め、気温がどんどん下がっていくのも体感で分かるほどだった。
8合目で雨が降り始めすぐに上だけカッパを着る。
着ても暑さを感じない気温は8℃まで下がっていた。

9合目で下山して来るパーティーと会い始める。
頂上外輪分岐に出るまで4組のパーティーとすれ違った。
皆さんは朝6時頃から出発していると入林届欄を見て承知していたので予想通りの出会いである。



樹林の中の登山道


スタートして15分で1合目だった・・・


3合目付近から下界が見え始め、前方に尻別山を望む


見渡すと洞爺湖も見えて来たが、同時に怪しい雲も気になって来た・・


花の終期を迎えつつある「ヤマハハコ」


紅葉を始めた「ツタウルシ」も見事である・・・


「カエデ」類の葉も黄色く色づききれいだった・・・


外輪分岐の標識と間違えた「肩」の標識だった・・・


肩から外輪まで一登りだが長く感じた登路だった


羊蹄はすっかり秋の雰囲気、草紅葉が物語る・・・


ようやくたどり着いた外輪分岐だ


 一瞬、ガスが切れて父釜の火口底が顔を出した・・


記憶違いか? 以前は旧小屋跡を通らずに「子釜」と「母釜」の間の登山路だったと・・


京極コース分岐標識・・・


三角点のある京極ピークは1893m


ガスがまた切れはじめ下界を垣間見る・・・


本ピークも近くになって来たが間もなく5時間だった・・・


9/25 エバ夫婦としては5回目の登頂

★ 気温6.3℃ 足、ガクガク・・・
ちょっと羊蹄山を甘く見ていたかも知れない。
「寒いだろうなぁ~」とは承知していたが、下着を着ないまま半袖のシャツ一枚だった。
5合目を過ぎてガスの中に入ると急に気温が下がり始め、汗を掻いたシャツ一枚では寒く
なって来た。インナーのフリースがあったから最初は我慢出来たが、雨が降り始めて
カッパを着ても寒く感じる気温だった。

外輪に出ると吹き曝し状態でなお寒く、頂上まで持つかな?と不安も過った。

場所によって2~3℃の差があるが、腕時計の温度計で最低気温は6.3℃だった。
ちょっとガクガクし始めたが、なんとか頂上までしのぎ、5時間もかかって登頂した。


★ 父釜外輪を周回するルート・・・
私たちが登頂した時はもう誰も居なかったが、すぐに岩場ルートから単独の若者が登頂し
すぐ下の岩場で休憩を取っていた。
私たちも写真を撮った後に風の当たらない場所を選んで休憩しいつもの山頂コーラで乾杯した。

下りは、岩場ルートから外輪分岐まで戻る。
父釜を一周する周回ルートとなるし、時短ルートでもあるのでちょっと急いだ。


★ 下り、ほぼ無休憩・・・
登りに5時間を要すれば、下りは3時間~3時間半と読むと早々ゆっくり出来る時間ではなかった。

下山開始が、13:45。
3時間でも16:45となると休憩の出来る時間的余裕などなかった。
小刻みに歩を進めほとんど休むことなく歩き続けた。
チーヤンもそれほど遅れる事なく、時に私を抜いて先に行く場面もあった。

次第に足の違和感・異変を感じながら、1合目の標識を見てようやく安堵する。

結果、2時間50分で降りられまだ明るい時間でホッとしたが、何組が追い抜いて来た
中の山ガールパーティーは、のんびりと降りていたのでちょっと心配だった。

1ヵ月ぶりの夫婦登山、なんとか登れたもののまた台風が近づいている情報が気になって
しょうがない・・・。



外輪から肩までの登山路から見えた羊蹄小屋は意外に近かった印象だ


9合目を過ぎた頃に見下ろした洞爺湖・・・ガスが少しずつ消え始めていた


真狩温泉は「定休日」で残念もガスが取れた羊蹄山を展望し満足の下山だった・・


パンフレッドで見た「羊蹄山避難小屋」の写真

※ 9/30 アップ終了です。
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安平町クリーンプロジェクト

2018年09月26日 | 日記
ゴミ回収して、不安解消・・・
安平町クリーンプロジェクト
災害ボランティア3日目
【9月24日(祝月)】
地元災害ボランティアに今日も参加した。
ボランティアとしてはまだ3日目、いくらお手伝いしても足りない程作業は多い。
22日からの三連休で集まったボランティアは、22日約300名、23日約400名
そして24日は約200名と報告があった。(ボランティアセンターより)
でも25日以降平日になるとボランティアの数は極端に減ります・・・とも言われ
ボランティアセンターとしてもこの「三連休が勝負」と、していたようだ。

その一つが、町内のクリーンプロジェクト
被災した各住宅から出された「災害ゴミ」は個々の家の前に山積みだった。
家の中がようやく片付き始めても家の前に山積みされたゴミが無くならないと
被災された方々は、いつまでも気持ちは晴れない・・・。
町の見立てでもすべてのゴミを回収するには3ヵ月から半年はかかるだろうと見込んで
いたが、3ヵ月が過ぎると雪の季節到来となってしまう。ボランティアセンターとしては
これを三日間で終わらせようと集中作戦を組む事にした。

安平町全戸訪問を二度に渡って実施。
町民のニーズに応え家屋清掃作業のお手伝いや災害ゴミの出し方などを完全周知。
その上でクリーンプロジェクトによる全戸回収作業を実施するという手順のようだった。

回収に必要なトラックは、地元企業や農家から無償のレンタルで各日約30台を確保。
そして運転手、ゴミ回収作業班、ゴミ回収場での分別班等々は、集まったボランティアから
割り振りする。
回る地域も集中的に追分地区、早来地区と順次行い「回収しては捨てる」作業を繰り返した。
22日~23日で追分地区の回収をほぼ終えて24日は早来地区の集中回収を行った。
1チームの作業班は約15名、トラック3台~5台が当てられそれぞれ地区を指定して
回収に回った。

私たちの班は14名、高校生から70代までまさに老若男女入り混じる混成チーム。
リーダーを中心に一軒、一軒歩いて回りながら山積みされた災害ゴミをトラックに積んでいく。
トラックはあっと言う間に一杯になるとすぐに回収場に捨てに行きすぐに戻って来る。

10時~17時まで休憩を入れながらも決して楽な作業ではない。
しかし、山積みされていたゴミがスッキリすると町民の方々は笑顔になって私たちに頭を下げる。
「本当に助かりました!」「ありがとうございます!」と皆さんからのお礼と笑顔が何より元気に
変わる。

こうして、夕方までに早来町全戸のゴミ回収を終えたとセンターから報告があると
作業を終えたボランティアから歓声と拍手と笑顔が広がった!



安平町早来にある防災ボランティアセンター前に集まったボランティアの方々


崩れたブロック塀のガレキを運ぶボランティアの仲間たち


トラックに災害ゴミを積み込むボランティアたち


この日同じ班になったボランティアの方々(一部)と記念に・・・

★ 歩いて知る被災の奥側・・・
停電はほぼ100%通電するも断水している地域は一部残っている。
被災した家に戻れず避難所生活を余儀なくされている方々もまだまだ多い。
自宅に帰る事が出来ても高齢の方の家は被災当時のまま・・というお宅もあった。
住宅を外から見たのと家の中の被害は、その差が大きくショックを受ける。
古いお宅の被害は大きく、新しいお宅の被害は小さいとは言い切れず「罹災証明」が
発行されても家を直す、建て替える費用はどこから出るんだろうか・・・?
特に高齢者の方々にとっては高額な修繕費用は払えず「路頭に迷う」のは明白だ。

無利息での融資もあるかも知れない。でも借りたお金は返さなければならないのが
被災者に伸し掛かったプレッシャーであり責任になってしまうのだと思うと心が痛む。

自分自身も被災して今後それなりの費用は掛かるだろう。
被災証明を貰い保険会社に提出しても掛かった費用のほんの一部でしかない。
まして「地震保険」でなければ保険の金額は微少だ。

一軒、一軒、一人ひとりの事情は違う。
家(うち)は、これで済んだが隣は半壊・・・なんで?

ボランティアに初めて参加して見えて来るものがある。
自分では、体を使ったお手伝いしか出来ない。それもほんの一日二日・・・。
ずっと寄り添えないもどかしさ・・・。
被災地を一つ一つ歩いて見ると被災地の奥側に隠れた苦悩が見えて来る。

いくらインフラが復旧しても物流が戻っても手厚い支援を求めるエンドレスな戦いを
強いられているのは被災者たち。国や道、地域自治体と継続したボランティアの方々が
迅速かつ絶え間なく支援下さることを切に願う。

いままでは、ほんと「他人事」だった・・・。
「申し訳ない」「恥ずかしい」の一言では済まない事だが、これを機に自分に変化が
起きた事は間違いない。

これからも機会ある毎に微力ながらお手伝い出来ればと思っている。






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感謝の気持ち、自分の応え方・・・

2018年09月20日 | 日記
感謝の気持ち、自分の応え方・・・
地元の
災害ボランティアに参加
一人でも多くのお手伝いが必要とされています・・


安平町早来の消防署裏にあるサッカー場に着陸した自衛隊のヘリコプター


4機が着陸するもすぐに離陸して飛び立った・・・(訓練かも?)

★ 感謝の気持ち・・・
主な被災地となった「厚真町」「安平町」「むかわ町」の復旧状況は毎日テレビなどで報道されている。
その中で未だ停電だったり断水が続いている地域もあり避難所生活を余儀なくされている住民も多い。

昨日(9/18)時点で、地元安平町に関し、電気はほぼ100%通電し断水は約85%が復旧したと
報じられた。また、避難所に避難されている方は260名と報告された。
(9/18 安平町災害ボランティアセンターでの発表です)

まさかの台風、まさかの地震でわが街が被災地になるなんて・・と誰が思ったことだろうか。
「天災は忘れた頃にやって来る」と良く言われるが、これは災害に対する戒めなんだと改めて知る。

この言葉は、当時を代表する物理学者・防災学者の寺田寅彦(1878~1935)氏が残した警句で
防災・減災の重要性を読み解くとされている。(ただし、諸説あるようだ・・)
9月1日を「防災の日」とされたのも今から93年前(1923年9月1日)に発生した関東大震災を
忘れないために設けられたそうだ。

普段から「防災の日」だとか「天災は・・・」なんて事考えもしない平和で平穏な日々を過ごしている。
恥ずかしながら頭の片隅に天災とか災害は「他人事」ととしか思っていなかった事は否めない。

いざ自分が経験すると天災の怖さを語り、自分を戒め、人に謝意を表したりする。

ケガもせず命に関わる危機を感じたのは揺れの大きかった本震の時だけだったが、物が壊れ
家が傷つく程度で治まりなんとか二週間が過ぎようとしている。

6日から何通ものメールや電話が届く、これにはマスコミ報道の影響は大きいだろう。
それでもやっぱりお見舞いの言葉は嬉しいもので、心強く力になるものだと感謝の一言である。
出来るだけメールに応え、電話に応対もして謝意を伝えようと思っているが、それだけでは
何かが足りないと日々思うようになった。


★ 山計画の中止・・・
千歳在住のHIROさんと以前から山の計画を立てていた。
それが9/18だったが、震災の影響を気遣ってか、山計画を中止して「災害ボランティア」に参加して
みたいと提案して来た。
もちろん私が計画通り「山」に行きたいと言えばボランティアの話は白紙になったかも知れないし
同じ町内に存在する避難者の事や個々に後片付けが出来ずに困っている人の事もまた「他人事」と
処理してしまったかも知れない。

身近な人が「災害ボランティア」に参加したい・・・と聞き、「えっ!」と思いながら
忘れかけた「感謝の意」を再び思い起こすキッカケになった。

「じゃ~私もボランティアに参加します・・」と返事をするのに時間は掛からなかった。

山計画を中止し、ボランティア参加の登録をした次第だった。



9/19 2日目の災害ボランティア班が一緒だったメンバーたちです(ボランティアセンター前にて)

★ 初めての災害ボランティア・・・
ネットで事前登録と災害保険に加入することが条件だった。
手続きを済ませ当日決められた時間にボランティアセンターに集合する。
HIROさんがわが家まで迎いに来てHIROさんの車で出掛けた。必要な持ち物、昼食もすべて自前で
用意するのは当たり前の事。
ボランティアの内容も様々で、自分が出来そうな内容に登録する。
専門技術も資格も無い私に出来る事は、災害ごみになってしまった個々の家の後片付けが主な仕事。
作業前にセンターのオリエンテーションを受けた後、リーダーを選出し作業班を作る。
初日は、14班必要とされそれぞれ5名の班となった。もちろん同じ班にHIROさんと手を挙げた。

全国から多くのボランティアが集まっていた。
特に週末の希望者が多く、平日は少ないのが現状と言う。
それでも毎日200名前後は必要とされていて、一人でも多くのボランティアが必要ですと呼び掛け
ていたのが印象だった。

センターで行った全戸訪問ボランティアで「手助けが必要です」という家をデータ化する。
住所、名前、電話、地図などの必要事項が示された用紙に基づき各班が自分たちの車で現地まで
移動する。家主とご挨拶してボランティアの作業についてしっかりと打ち合わせを済ませ作業に
入る仕組みだった。
主に二階にあるタンスや棚、壊れたテレビ、ステレオ、イス、テーブル、食器などを降ろす作業
や散乱した物置の片付けなども多かった。
ほとんどの家が男手が無い高齢者の家で二階から物を降ろせず震災当時のまま散乱した状態も
あった。ゴミにしていいものと残して置きたいもの、思い出のものも捨てられず悩む家主もいる。
丁寧に対応して被災者の気持ちを大切に少しずつ整理していくのもボランティアに求められた。

私自身も被災したが、夫婦二人でも後片付けは二日でほぼ終了した。
出たゴミも家の前に積み上げ、断水しても必要な水は給水所から必要な分だけ給水していた。
足りない食材があれば車で買い求める事も出来たし、それが当たり前と不便を感じていなかったが
「そうではない・・・」とつくづく痛感させられた状況を知る。


私が出来る「感謝の気持ち」は、もっと困っている方々のお手伝いをする・・と言う形で
応えるのも私なりの答えなんだと思った。その答えには、正解も不正解も無い。
単に自己満足と言ってしまえばそれで終わるかも知れないが、それはそれで一つの答えでいい。

二日目は、昨日の反省点が反映されより多くのお宅を回る事が出来た。
インフラが復旧しても本当に困っている方々はほんの身近に多かったと知る。

これからも出来る事に関わって行こう・・・そう思っている。

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