江戸前ラノベ支店

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斬竜剣外伝・亡国の灯-第10回。

2015年12月04日 01時08分31秒 | 斬竜剣
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-復讐の悪魔-

 膨れ上がる悪魔の身体は、ついにはノルン・ダークの身体を完全に飲み込んだ。3mに届こうかという巨体の皮膚は浅黒く、背に一対の蝙蝠が如き翼と、頭部に巨大な角を生やしたその姿は、まさに伝承の中にある典型的な悪魔の姿であった。
 ただし、そのありふれた悪魔の姿を実際に目撃したことがある人間は、今やサエンとレクリオだけなのかもしれない。
 何故ならば、魔族は十万年もの遠い過去に、その殆どが神々によって魔界へと封印され、この世界に残った者の尽くも竜族によって駆逐されたからである。この世界にとっての絶対悪とも言える魔族は、存在すること自体が許されないのだ。
 だから現在この世界に於いての魔族は、亡霊(ゴースト)などの霊的なモンスターの強力な個体が変異することによって、自然発生的に生まれたインプ(小悪魔)程度の下位魔族の目撃報告しかないという。
 だが、目の前の悪魔は明らかに中位魔族以上の存在に見える。
(何故、こんな化け物がこんな所にいるの……!?)
 その真相はレクリオには知り得ぬ物であったが、トスラック王国の滅亡がこの悪魔による物であるということだけは容易に想像できた。
《この女は渡さぬぞぉ……! まだまだこの死の都市で、孤独の苦しみを受け続けてもらわねば、我等の気が収まらぬ……!!》
 悪魔が怨嗟の言葉を吐き出す。その言葉から察するに、ノルン・ダークは自らの意志でアンデッド化したのではなく、この悪魔によって無理矢理身体に魂が縛り付けられているらしい。彼女を恨む数多くの人々の怨念がこの悪魔を生み出し、そして復讐を果たそうとしているとでも言うのだろうか。
 いや、この悪魔の根源が怨念であることは間違いないが、その正体は──、
「ここにいたか……親父!」
「はあっ!?」
 サエンの父、バンカー公その人であった。その事実はレクリオには信じられぬ想いであったが、しかしそれは悪魔自身の次なる言葉で証明された。
《そういうお前は、我が子サエンか……。見違えるほど大きくなったなぁ?》
「親父が死んでから15年も経っているらしいからな。しかし、あんたが死んだ直後にこの国が滅びたと聞いていたからもしやと思っていたが、やはりあんたが国を滅ぼしたのか……!」
《その通りだが、それがどぉしたぁ。我々を魔境に追いやったこんな国なんぞ、滅びて当然よ。そして、死してなお、安らかに眠ることなど許さぬ……!!》
「ちっ……亡者が!」
 サエンは不快げに吐き捨てる。彼とて、己が受けた仕打ちに対する恨み言が無い訳でもないが、彼は魔境を出るまでは他の土地を知らず、その過酷な生活が当たり前だと思って生きて来た。だから貴族の裕福な生活から地獄に落とされた父と比べれば不満は少ない。むしろ、伝え聞く外の世界への──故国トスラックへの憧れの方が大きかったくらいだ。それを滅ぼした者には決して共感など出来なかった。
 それ以前に、悪魔に魂を売り渡した父への嫌悪感も大きい。バンカーは死の直前に「インプを見た」と、譫言を繰り返していたという。その事実と、現在のバンカーの姿から導き出される答えは、彼の憎悪にまみれた魂がインプに取り込まれてしまったということだ。
 魔族の中には人の負の感情を糧として成長する者がいるという。そんな魔族にとって、バンカーとその一族が持つ王国への憎悪はまさに最高の餌であったに違いない。だが、インプにとって想定外だったのは、バンカーの怨念があまりにも大き過ぎた為に、逆にインプの方が取り込まれてしまったことである。
 こうして悪魔の力を手に入れたバンカーは王国を滅ぼし、更に国民達の魂とノルンの嘆きを吸い取ってここまでの怪物に成長したのだろう。だが、如何に強大な力を得ようとも、人としての誇りをかなぐり捨て、このような化け物に成り下がった父をサエンは軽蔑する。彼は落ちぶれてもなお、人として、王族としての矜持を尊びたいと思っている。そして、親の不始末の責任を取るのは子の責任でもある。
 だからこの滅び果てた国に来たのだ。
「なあ……親父、誇り高い貴族様が、こんな所で油を売っていないで、さっさと消えやがれ……!」
《黙れぇ! 子が親の邪魔をするなぁっ!!》
「生憎、俺の親は育ての親だけでな。あんたの言葉に従う義理は無ぇよ!」
 サエンは剣を構えるやいなや、バンカーへと斬りかかる。だがバンカーは、その攻撃を避けようとも防御しようともせず、猛スピードで突進を始めた。それはその巨体からは想像できないほどの速度であり、人間が真正面から受け止めるにはあまりにも致命的な威力を伴っていた。
「ちっ!」
 サエンは上段から振り下ろそうとしていた剣を途中で止め、すぐさま横へと移動をしてその突進をやり過ごす。そして振り向きざまに、通り過ぎるバンカーの背目掛けて剣を振るう。だが──、
「……浅いな」
 突進のスピードがあまりにも速過ぎて、斬撃の有効範囲からバンカーはほぼ逃れていた。斬り裂くことができたのは、翼の皮膜をほんの少しだけである。むしろあのタイミングで命中させたサエンの技量の方が驚嘆に値する。
 しかしサエンの斬撃による傷が浅かったのは、バンカーの速度だけが理由ではない。その斬り裂かれた皮膜が瞬く間に再生したからだ。高位の魔物が持つ、多少の傷ならば瞬時に治癒させてしまう再生能力である。
 これがバンカーが防御することもなく突進してきた理由であろう。
(もっと思いっきり直撃させないと駄目か。だが斬れない訳じゃない……!!)
 相手が想定よりもタフで素早いのならば、そのつもりで戦えばいいだけのことだ。サエンとてまだ全力を出し切った訳ではない。
「あぁっ!!」」
 鋭い気合いの声と共に、今度はサエンがバンカー目掛けて突進する。それは先程のバンカーの突進よりも速く、その速度が伴った強烈な斬撃がバンカーの胸を斬り裂いた。
《ガアッ!!》》
 大量の血飛沫が舞った──が、その傷もすぐに塞がっていく。
《さすがは我が子よ……! だが無駄だだぁ……。この程度では我は滅ぼせぬ……!!》
「なら、あんたが消えるまで斬るだけだ!」
 余裕を見せるバンカーを無視して、再び強烈なサエンの一撃がバンカーを襲う。
《グッ……!!》
 勿論、バンカーが受けたその傷はまた再生されてしまうであろう。だが、見えないダメージは確実に蓄積しているはずである。サエンが持つ「破邪の剣」は、魔法や霊体などの実体の無い物まで斬ることが出来る。ならば、魔族の力の源である「呪い」や「魂」をも断ち切れるかもしれない。例え一撃一撃の効果が薄くとも、その力を消耗させ続ければ、いつかは再生能力だって尽きるのだ。
 ──問題は、それまでにサエンのの命がもつかどうかだ。バンカーとて、まだ全力を出した訳ではない。
《小賢しいわ、下等な人間風情がぁっ!!》
「あんたも、その人間だったんだろうが……!」
 親子の激闘は続く。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。