ライアー&ギターセラピー☆ 私の音に会いにきてください。音はあなたの記憶。あなたの魂。ほんとうのあなたの音に出会います

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現実と仮想

2010年10月28日 | ブログ
おとといのブログ
「朝顔のおじいさんは仮想だったのか」

朝顔の花のことを書き始めた7月から、このブログの読者の方から、
ツィッターやメールを寄せてくださいます。
「おじいさんのことをそっとしてあげましょう」「ぼくだったら会いたい」・「おじいさん心配ですね」
おじいさんと一度も会うことはなかったのですが、おじいさんが朝顔のツタや木の枝を切った跡を見ていくうちに、
おじいさんは現実化されていきました。
★以下、読者からのメールをご紹介します。(本人の許可をいただいています)

最近は原稿依頼から受け取りまですべてメール上で交わされることが多くなりました。
極端なときは、声さえ一度も聞くことなく終わったりして。
 
今年になって、それがいかに危険か実感することがありました。
電話で一度話したきり、二年近くメールのみでやりとりしていた仕事関係の方がいらっしゃいました。
たまたま初めてお目にかかる機会ができました。
実際にそのかたを目の前にし、いかに自分が勝手なイメージを作り上げていたか気がついたのですが、
恐ろしくも、そのイメージがすぐには無くならず、いつまでもしつこく片隅にいつづけるのです。
連絡ツールは様々あり便利です。それと一緒に必ず実際に会うこと、これを忘れてはいけないと思った事例でした。
 仮想もときには人の心を癒し救ってくれることもありますが、頼りすぎると害になる。
使い方が難しいものですね。
 
以下はツィッターより2名

★きっと仮想の人。でも仮想の世界って思いの強さで現実に出来る時もある。人の思いは無限大だから

★人工時間と自然時間の問題は折りしも「COP10」の課題とも重なる。
人工の手を加えた人は、その場所をずっと見守ってきた者がいると気づいていない。
二つの時間のその後は比べられないだけに難しい問題だ。

現代人は現実というものをどうとらえているのか
茂木健一郎と村上春樹
「クオリア降臨」(茂木健一郎 文芸春秋社)
本文より  観念世界のリアリテイ  
朝起きると、メールをチェックする、寝る前にウエブで今日のニュースを見る、電車に乗っていても、常に携帯をいじっている。ネットワークを流れるデジタル情報に朝から晩までまみれている現代人は、現実というものをどのようにとらえているのだろう。
  中略 「見る」という回路を通して、都会に住む現代人の体験を再構築しようとすることは、すぐれた同時代的である。
     
     私たちの視点は架空のカメラとして、部屋の中にあるそのような事物を、ひとつひとつ拾い上げ、
     時間をかけて丹念に映し出し   ていく。私たちは目に見えない無名の侵入者である。私たちは見る
     、耳を澄ませる、においを嗅ぐ。しかし、物理的にはその場所に存在しないし、痕跡を残すこともない。
     (村上春樹 「アフターダ   ーク」)




朝顔のつぼみ (10月27日撮影)
昨日の朝、急に寒くなり、冬物を着る人が目立ちました。
今朝は冷たい雨がこのつぼみに降り注いでいました。

朝顔は冷たい中で花を咲かさなければならないのか
ああ、しかたがない、これじゃ咲けないよ、と自然にまかせるのか
天は咲けないことがわかっていながら、なぜつぼみをつけてしまうのだろう

現実は見るということ、
朝顔のつぼみがここにある
つぼみは冷たい雨に打たれている、
つぼみを触るわたしの手が冷たい
明日は寒いか、つぼみは膨らむのか
いつ咲くのか・・・
霜が降りるまで咲ききれるのか
わたしは朝顔を見る
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