薬害肝炎訴訟問題、
製薬会社の非誠実な態度に怒りを覚えます。
人の命を何と考えているのか?
50年前の森永ヒ素ミルク事件を思い出します。
当時、乳幼児向けの粉ミルクにヒ素が混入したものです。
この粉ミルクを飲んだ乳幼児の内、死亡50人、
その他数千人が体調不良、後遺症と患いました。
当時の森永は、後遺症とヒ素との関連を否定、
被害者は弁護団を組織し訴訟を起こしました。
最終的に、森永は非を認め現在に至っています。
この時も、森永製菓が決断に迷った原因が
企業の論理でした。
非を認めれば、会社の存在が危ぶまれる。
社員間には非を認めるべきとの発言もあったが、
上層部で闇にほうむられました。
今回の薬害肝炎問題も全く同じです。
50年経っても、同じことが繰り返される。
今までの教訓が生かされていないことに怒りを覚えます。
いつの時代も、企業は企業第一優先という論理です。
企業の論理の前では、個人は踏み潰されます。
企業とは何でしょう。
そこには、同じ人間がいます。
しかし、企業という組織になったとたんに、
個人の感情、思いが無くなってしまう。
今後、どんなに文明が進化しても、
この論理だけは進化しないでしょう。
製薬会社の非誠実な態度に怒りを覚えます。
人の命を何と考えているのか?
50年前の森永ヒ素ミルク事件を思い出します。
当時、乳幼児向けの粉ミルクにヒ素が混入したものです。
この粉ミルクを飲んだ乳幼児の内、死亡50人、
その他数千人が体調不良、後遺症と患いました。
当時の森永は、後遺症とヒ素との関連を否定、
被害者は弁護団を組織し訴訟を起こしました。
最終的に、森永は非を認め現在に至っています。
この時も、森永製菓が決断に迷った原因が
企業の論理でした。
非を認めれば、会社の存在が危ぶまれる。
社員間には非を認めるべきとの発言もあったが、
上層部で闇にほうむられました。
今回の薬害肝炎問題も全く同じです。
50年経っても、同じことが繰り返される。
今までの教訓が生かされていないことに怒りを覚えます。
いつの時代も、企業は企業第一優先という論理です。
企業の論理の前では、個人は踏み潰されます。
企業とは何でしょう。
そこには、同じ人間がいます。
しかし、企業という組織になったとたんに、
個人の感情、思いが無くなってしまう。
今後、どんなに文明が進化しても、
この論理だけは進化しないでしょう。