レイニ-サイド ハ-パ-ズパブ

ケルティックハ-プ(アイリッシュハ-プ)奏者坂上真清に関する情報や日々感じた事などのコラム このサイトはリンクフリ-です

275回目の命日  ~オキャロランを訪ねて~

2013年03月25日 | アイルランドの想い出

 

 

 

 

 

            

 

 

 

 

 

今日 3月25日はオキャロラン先輩の275回目の命日

 

生きていたら多分343才になっていらっしゃるはず

(誕生日は分かっていない)

 

もしご存命ならいったいどの位の名曲が誕生した事か ^_^;

 

 

でも今 オキャロランの音楽が多くの人達に愛されている事を考えると

もし誕生日が分かってたらきっとあちこちで色んなイベントが

催されていたのではと思うと少し残念

 

 

 

 

今から20年前 初めてアイルランドに行った

 

その第一の目的は向こうの田舎のホテルで夜 演奏する事だったが

(ノーギャラだけど宿泊、食事がタダになるという条件)

もう1つの大きな目的として

オキャロランゆかりの地を訪ねたいという想いが強くあった

 

 

キードゥーという村にあるらしい彼のお墓参りや

生前住んでいたモーヒルに行きブロンズのオキャロランに会う事、
                    
それに彼のものだと伝えられているハープを実際にこの目で見てみたい などなど 

 


その頃は彼のお墓に行きたいなんていう日本人はまだ誰もいなくて

(今も多いとは思えないが、笑)

アイルランド観光庁に聞いてもまったく知らないとの事

 

何とかようやくキードゥーという小さな村にあるのが分かり

調べると最寄りの大きな町から週に1本バスがあるだけという状態・・・

 


またちょうどその頃に 彼の名を冠にした

オキャロラン フェスティバルという音楽祭も開かれ始めていたが

今みたいに有名では無かったし まわりで行った人もいない


勿論 地球の歩き方 に載っているはずも無く、笑

要は日本には何の情報も入ってきてなかったんですね

 

 

とりあえず見切り発車でアイルランドに出発

(ちなみに行きはロバの音楽座の松本さんご一家やメンバーの方と一緒でした)

 

フェスティバルにぎりぎり間に合う強行スケジュールで

日も暮れ始める頃 キードゥーに着いたはいいけど

お墓の場所がまったく分からず ただウロウロ

 

何とか村の人から聞き出して見つけた時は嬉しかったなぁ

 

彼の墓は小道を挟んだ湖の向かいにある傾斜した墓地の一角にあり

誰もいなかったので小雨の中ハープで墓前演奏をしたんだけど

塀に仕切られた横の道を歩いていた人はさぞかしギョッとした事だろう


何せ小雨降る人気のない夕暮れ時

塀の向こうのオキャロランの墓からハープの音が小さく聴こえてきたんだから 

 

 

オキャロラン フェスティバルでも演奏させもらい

最後の夜に開かれたケーリーではダンスの途中で特別に紹介されて

キードゥーの人達の前で演奏させてもらうという栄誉を授かった

 

 

 

その後今度はオキャロランが住んでいたモーヒルのブロンズ像に会いに


性懲りも無くまた演奏してたら

像の裏にある家の人が出てきて聴いてくれ拍手をしてもらった

 

この村には O'Carolan というパブが2軒もあったのが印象的だったけど

彼が住んでいた家というのは残念ながら分からずじまい

 

まだ残っているのかも定かではないんだけど

 

 

 

そして次は当時オキャロランのパトロンだったオコーナー家の末裔のお宅に

 

さすがに大豪邸で 有料で中を見せてくれると聞いていたので

何のアポもとらずいきなり押しかけて

朝っぱらから家の中を覗いたら皆さんお食事中

 

いきなり知らない東洋人が庭をウロウロしていてビックリしたはずだが

今思うと警察を呼ばれなくて良かったと思う 

 

しばらく待ってて欲しいと言われ時間をつぶしていると家の人が出てきた


内観料は20ポンドという事でさっそく中に入れてもらい

歩きながら色んな本やら絵やら工芸品など説明してくれるんだけど

何を言ってるかよく分からないし

こっちはオキャロランのハープ以外は何の興味も無いので

とりあえず分かったフリをしつつ 内心は早くハープ観たいなー という

 

最後にようやくハープのある部屋に着き

聞いたら写真はOKという事なのでさっそく何枚か撮って

それまでとはうって変った様に 展示してある楽譜や書物を熱心に見始めたので

案内の人も少し驚いたかも知れない

 

ハープの一部が欠けていたのが妙にリアルで

オキャロランと一緒に旅をしていたのかなぁ・・ などと想像してしまった

 

 

 


その後アイルランドには1か月以上滞在したので

話は色々あるんだけどそれはまた次の機会に

 

ただ明日 日本に戻るという日 

再びキードゥーに行き 今度は晴れた日中にお墓に立ち寄れたのは

今考えると良かったと思う

 

何故か 多分もうここには来られないような気がして

どうしても もう1回行っておかなきゃ 

と思っていたのをぼんやりと覚えている

 

 

 

 


と 彼の命日にちなんでざっと駆け足で順を追って回想してみたけど

でも考えるとこんな場当たり的な旅 よくしたなぁと思う


今これをやれ と言われてもまず出来ないだろうし

 

どうにかなるさ! とでもいう

何かの衝動に突き動かされた様なオキャロラン行脚だったけど

やはりこれも情熱と若さゆえに成せる行動だったのかな・・

 

すべてが永遠に僕の大切な心の宝物です

 

 

 

最後に、、


オキャロランの正式なケーリック綴りは

Toirdhealbhach Ó Cearbhalláin  

 

正しくは何て発音するんだろう

 

友達からはニックネームで呼ばれていたのかな?

 

 

 

 

 

 

一応大まかな時系列で写真を並べました

 

出来ればオキャロランさんの音楽をBGMにでも流しながらご覧下さい


僕は今 大好きなデレクベルの Carolan's Favourite を聴きながら書いています 

 

 

 

 

 

 

アイルランドの想い出 ~オキャロランを訪ねて~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント

ジェラルディンさん

2008年10月04日 | アイルランドの想い出

 

 

 

元ボシーバンドで現チータンズのアイリッシュフルート奏者

マット・モロィ夫人のジェラルディンさんが亡くなられたそうです

 

 

今から15年前アイルランドに行った時に

メイヨー州のウェストポートにあるマットモロイのパブ

マット・モロイズに立ち寄りました

 

あいにくモロイ氏は不在でしたが

奥さんと息子さんがお店を切り盛りしていて

聞いたら 「主人は今夜は戻るから」

と言われたんですが

残念ながら時間が無くて会う事は出来ませんでした

 

実はこの時しつこいアイリッシュ風邪にやられていて

ジェラルディンさんが

「そういう時はこれがいいのよ」 と

あったかいウィスキーにレモンか何かを入れた

飲み物を作ってくれたんです

 

元々アルコールは強くないのですが

せっかく作ってもらったので勿論すべて飲みました

 

多分日本で言うたまご酒みたいなもんなんでしょうね

 

 

後に日本にチーフタンズが来た時のレセプションパーティーで

M・モロイに会う事が出来

この事を話したら

「あ~ アレはよく自分も飲むんだ」

みたいな事を言ってました

 

モロイファミリーの風邪特効薬という所でしょうか

 

またその時 奥さんとの2ショット写真も見せたら

随分と喜んでくれて

翌日渋谷で行われたチーフタンズのライブのアンコールで

一緒に演奏しようと誘ってもらい

ステージにも上がる事が出来たんです

 

 

ジェラルディンさんはまだ若かったはずです

 

多分世界中からマットモロイズを目指して集まってくるファンにも

ご本人がいろいろと対応してくれて

いたのではないでしょうか

 

またM・モロイ本人も随分と力を落としているのかもしれません

 

 

ジェラルディンさん

あの時はありがとうございました

 

 

謹んでご冥福をお祈りいたします

 

 

 

 

 

マットモロイズの前で

 

 

 

見慣れたジャケットが飾られている中 演奏もさせてもらいました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント