書感とランダム・トーク

人間の本質を根本原理から追求研究する内容さらに遡っては生物・植物その他をサイエンス的原理から考察する。どうぞ御寄稿を!

テルミン-エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男 書感:狸吉

2007年09月14日 | Weblog
竹内正実著 岳陽舎 2000年 2,000
テルミンとは1920年にソ連の発明家レフ・テルミンが発明した
世界初の電子楽器。鍵盤が無いので演奏は難しい。本書の著者は
大阪芸大音楽工学専攻を卒業後、93年よりロシアでテルミン演奏法
を学び、現在コンサート活動のかたわらテルミンの普及に努めている。

本書は発明者テルミンの数奇な生涯を綴ったものである。幼い頃から物理と音楽に非凡な才能を示したテルミンは、第一次世界大戦の頃大学生となり、革命を支持し赤軍に加わった。
1920年に公開演奏した新しい電子楽器テルミンはその後レーニンの後ろ盾を得て、革命のプロパガンダツールとして利用された。欧米でのコンサートは喝采を受け、テルミンはアメリカを主な活動拠点としたが、ソ連のスパイとして活動することも強要された。その後突然の帰国と投獄、活動再開、再弾圧、米ソの雪融け後の再評価とテルミンの環境は目まぐるしく変化する。1989年93歳のテルミンはフランスの
電子音楽フェスティバルで演奏し聴衆に感動を与えた。本書を読んで感動するのは、たび重なる逆境を乗り越えて、97歳まで研究開発活動を続けた強靭な意志の力である。
半導体デジタル技術が高度に発達した今日、電子楽器は高度な技術的進歩を遂げたが、この扱い難い原始的な電子楽器が、人間の感性を直接的に表現できる楽器として、多くの演奏者を魅了しているのは興味深い。
テルミンの音色はインターネット上で聴くことができる。

狸吉

江戸の遺伝子               書感:藤田昇

2007年09月07日 | Weblog
江戸の遺伝子 徳川恒孝著 PHP研究所発行 2007年3月 ¥1,500。

江戸時代を、単なる日本だけの時系列だけでなく世界での出来事と連動しておられるため、網の目のようにあらゆるところと密接に関連していたことが実感できました。江戸時代という特異性が良くわかり、目からうろこが取れました。
会津藩の子弟が毎朝唱えていた「什の教え」を例として出してみました

一、年長者の言うことをきかねばなりませぬ。

一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。

一、虚言を言ってはなりませぬ。

一、卑怯な振舞いをしてはなりませぬ。

一、弱いものをいじめてはなりませぬ。

一、戸外で物を食べてはなりませぬ。

一、戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ。

ならぬことは、ならぬものです。

そして、知識は、後の人生で必要になったときに必死に勉強すれば得ることが出来る。しかし、立派な人格をつくる教育は幼い内から徹底的に教えなければ血肉とならないと考えられていた。つまり、江戸時代の武士の教育とは、現在のような利益追求の世界を作ってしまった知識教育ではなかった。

現代の我々が享受している、日本の治安の良さや清潔で安全というこの優れた遺産を守りたい。というのが著者の趣旨と理解しました。

教育の基本は人格であるということを認識しましたが、さて、良き昔を取り戻すにはどうすればよいのか改めて考えさせられました。藤田 昇

大帝没後-大正という時代を考える     書感:辻 修二

2007年09月06日 | Weblog
長山靖生 新潮新書 2007年7月

「時代の精神」というものがあるという。平成も大正時代を越えて20年目を迎える。大正は、明治という壮大な近代国家づくりが一応の完成を見た後の膨大な遺産を相続して、「大正デモクラシー」と呼んだ実学より教養を尊ぶ自由で開放的な消費の時代だったようだ。平成もまた激動の昭和を引き継ぎ、戦後の豊かで成熟した経済社会を現出させた一方で、社会倫理の崩壊や若者の精神的危機、そして未来への漠とした不安を引き起こし、大正時代と似た社会現象をみせている。
歯科医で文芸評論家、社会時評家として執筆を続ける著者は、大正と平成の類似点をこう指摘しながら、短くも高い精神文化を育んだ大正というユニークな時代の世相を、本書を通してさまざまな角度から分析してみせている。
もちろん、元号はあくまでも記号という見方をすれば、昭和から平成になって何も変わらなかったといえるが、明治から大正へと改元したときは、乃木大将の殉死という衝撃的な事件が新しい時代の幕開けとなった。明治天皇の大喪の葬列が進むそのとき、乃木大将は夫人とともに自刃したのだという。
乃木将軍は、爵位の返上と乃木家断絶を遺言としたが、後年、いわば国家への遺書ともいうべき軍隊組織の改革論が明らかにされた。「国勢は軍隊にのみ頼って存立上の安心を得られるものではない。軍備拡張は国民に負担を増やし、外国の誤解も招きやすい。むしろ軍備は縮小して、国民的団結を平和的に備えることだ」。
乃木将軍は、身を以って明治の精神を新国家への餞としたのかもしれない。しかし、残念ながらその後の日本は、将軍の思想を継承することはなかった。
将軍の死は、後に森鴎外の「興津彌五右衛門の遺書」、夏目漱石の「こころ」、芥川龍之介の「将軍」などの作品となって当時の文学界にも大きな影響を与えたが、白樺派の作家たちはこの事件をむしろ冷ややかにとらえていたという。
文化は経済的豊かさの上に成立する。大正青年は親の財産を自分の既得権とみて、無根拠な自負心の上に安住して優雅に暮らしたと著者は指摘する。現状で若者が所有する「このまま」とは、自らの働きによるのではなく、親の経済力や社会的地位によって与えられたものだ。武者小路実篤は華族出身だったし、志賀直哉は30歳になっても仕事につかず、小説を書いていたそうである。
また徳富蘇峰は、大正青年を「模範青年」「成功青年」「煩悶青年」「耽溺青年」「無色青年」と分類したそうだが、それらは現代の「安定志向」「勝ち組」「ひきこもり」「オタク」「フリーター」「ニート」などの言葉に当てはまると本書は紹介している。
大正は本当に自由を謳歌した古き良き時代だったのか。明治の父が大正の子を生んだとすれば、大正青年は軍国時代の生み手となってしまった。大正のつかの間の平和な時代が定着せず、転換期の舵取りに失敗して昭和の統制経済、軍国主義へと突き進んだ不幸な時代は繰り返してならない。本書はこう締めくくっているが、平成の平和に浸りきっている私たちが次世代にどんな時代を残せるのか、眼前に突き付けられた究極の課題でもある。

マンガ版「江戸しぐさ」入門      書感:山崎義雄

2007年09月05日 | Weblog
構成・著 新潟江戸しぐさ研究会 三五館 刊 1,000円+税
最近、書店には「江戸しぐさ」に関する書籍が山積みされている。こうした本が読まれる背景には今日の殺伐たる社会の風潮や人間関係への反省や「渇き」があるのかもしれない。


 第一章の「人みな仏の化身」では、仏教思想、儒教思想の行き渡っていた江戸時代の人間観とそこから生ずる教え、たとえば子供の養育方針「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文(ふみ)、十五理(ことわり)」とか、教養や審美眼を磨く「お心肥(おしんこやし)」などを教える。

第二章の「融合しぐさ」では、自分の領分を知る「結界わきまえ」などを教える。これは自分の立場、力量、器量を客観的に知って他人の領域を侵さず、間合いを持って付き合い、自他の身の丈にあった生活を大事にするという生き方だ。

第三章の「思いやりしぐさ」では、「すみません」は、こんなことをしては自分の心が「澄まない」という意味、「おかげさま」は、物事が成るためには目に見えない陰の力、神仏の加護などがあるという意味を教え、他人に手を貸す「さしのべしぐさ」などを教える。

第四章の「いきなしぐさ」では、江戸っ子の粋なはからい、訪問先の手前で駕籠を下りる「駕籠止めしぐさ」、知人に出会って挨拶を交わす「束の間つきあい」の大事さなどを教える。

第五章の「往来しぐさ」では、握り拳ひとつ分腰を浮かせて席を空けてやる「こぶし腰浮かせ」や、狭い路ですれ違う際の「傘かしげ」「肩引き」「蟹歩き」、やってはならない「とおせんぼ」「仁王立ち」「横切り」などのしぐさを教える。

第六章の「してはいけないしぐさ」では、「へりくだり」「威張るしぐさ」「喧嘩しぐさ」、他人の時間を奪う「時泥棒」、甘えの「稚児しぐさ」、人をしらけさせる「水掛け言葉」、話の腰を折る「戸閉め言葉」、斬りつける「手斧(ちょうな)言葉」などを教える。

第七章の「女しぐさ」では、「女しぐさ男しぐさ」の違い、「江戸美人の条件」など、第八章の「おつとめしぐさ」では、第六感の「ロクを養う」、予測や観察力の「見越し」、傍(はた)を楽にする「働き」、いま一度の「念入れ」など江戸の仕事観に関するしぐさを教える。

 本書はマンガで「江戸しぐさ」と現在の「今しぐさ」を対比させながら、ストーリーを面白おかしく展開するが、江戸仕草の精神や基本マナーはしっかり捉えている。

コンビニ・コピー異種体験       寄稿者:山崎義雄

2007年09月04日 | Weblog
コンビニに設置されているコピー機を使ってコピーを取ることはよくあるが、最近じつに嬉しい出来事があったので、書いておきたい。その前に、すでに書いたことのある事例だが、改めてポイントを再録して「コンビニ・コピー異種体験」三大話にしたい。

一つ目は、代々木八幡のコンビニでコピーをしていた時のことだ。三十代半ばのスーツ姿の女性が脇に来た。ちゃんとしたビジネスウーマンらしい格好だし、私を嫌な爺様だと思っている風もなくそばに立っているので、「コピーですか」と声をかけたが女性はコピー機に眼を落としたまま、だんまり。「あと数枚で終わります」といったが、だんまり。ハラに据えかねて「近頃の若い人はコミュニケーションが下手だねー」といったら、表情も変えずにプイと出て行ってしまった。

二つ目は全く逆のケース。国分寺東元町のコンビニで、腰の曲がったおばあちゃんが伏し拝むような格好でコピーをとっていた。私は内心で「へー、こんなお婆ちゃんもコピーができるんだ」などと思いながら、じゃまをしないように少し離れて新聞スタンドのスポーツ紙のタイトルなど眺めていた。

ところが、コピーを取り終わったおばあちゃん。わたしの横を通りながら「おまたせしました」と挨拶された。私は思いがけない挨拶に「あ、いや、どうも」とおかしな返事をしながら、嬉しくなってしまった。

で、三つ目の話だが、つい先ごろJR高田馬場駅に近いコンビニでコピーを取ったときの話だ。その前に説明しておくと、コンビニのはす向かいに「鳩」という小さなスナックがある。そのスナックで毎月「寄生木研究会」(寄生木は明治の文豪、徳冨蘆花の名作)という小人数の会合(研究会といいながらほとんど飲み会)がある。

その研究会の途中で、メンバーに配布したい資料が出てきて、はす向かいのコンビニにコピーしに行った。コピー機は二台あったが、いずれも学生風の若者が使っていた。ところが手前でコピーしていた若者が声を掛けてくれた。「何枚ですか」「同じものを7枚です」と私。「じゃーお先にどうぞ」と若者が割り込みでコピーさせてくれた。

コピーが終わって、お礼を言って店を出て、嬉しい気分で鳩のドアーを開けたところに、件の若者が追いかけてきた。「あのー、原稿が残っていました」と、回収し忘れた元原稿を届けてくれたのである。

この嬉しさを伝えれば十分なのだが、蛇足を付け加えれば、どうも近ごろの若者は、女性のほうが愛想がなくて、男性の方が良きにつけ悪しきにつけ柔軟で優しいような気がしてならない。さてどうだろう。