季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

青山二郎

2009年07月02日 | 骨董、器
昨年、いや一昨年になるのか、世田谷美術館で青山二郎展が開催された。会場は空いていて落ち着いて見ることができるのがありがたかった。青山二郎とは、と書いてみてはたと困る。展覧会というからには何かが展示されたのである。

展示されたものは、彼が収集した焼き物だ。しかし、その道の人だと紹介できない、不思議な人なのだ。絵も描いた。本の装丁もたくさん手掛けた。それらはどれも実に独特な、正確さと美しさを併せ持つものだ。それにも係らず、すべてが余技であった人。

知る人ぞ知る、天才、奇人である。知らない人のために少しだけ紹介しよう。実は展覧会を見た後すぐに書いておこうと思ったのだが、どうにも書きようがなくてずるずると引き延ばしてきたのだ。彼には「陶経」という本があるけれど、難解で、それをブログで書く気には到底なれず、とはいっても紹介したい、というのが本当のところなのだ。

青山二郎という人は、小林秀雄さんの周りの文士たちと深い交流のあった人である。深い交流というよりも、大きな影響を与えた人というべきだろうか。

僕は昔小林さんの全集で知り、ついで河上徹太郎さんの書くもので知り、宇野千代さんの「青山二郎」白洲正子さんの「いまなぜ青山二郎なのか」など、目に入るものを次々に読んできた。

ここに載せた写真は骨董屋における小林さんと青山さんの姿だ。若いころ見て、近づき難い迫力を感じた。最近は「トンボの本」で青山二郎特集があって、若いころの風貌に接することもできる。それをネットで探して載せようと思ったがなかなか見つからなかったので、気になる人は本屋で立ち読みして見てください。いや、できたら購入することを勧める。僕は人を顔で判断することが多い。ここで見られる若い青山二郎の顔には圧倒される。

河上さんが青山の風貌を、ヴァレリーのテスト氏を思わせる、つるんとした顔に眼光だけ鋭い、と書いていたように思うが、まさに言いえて妙だ。

若くして死んだ中原中也をはじめ大岡昇平などの文士だけにとどまらず、その辺のおかみさんやバーのマダム、ありとあらゆる人と隔てなく付き合ったのだそうである。そこいら辺の感じもよく窺える。

上述の白洲さんや宇野さんの本もじつに克明に青山二郎の人となりを伝えているのはさすがであるが、それでもかなり手を焼いている様子なのが見て取れる。二人とも、話題をあちらこちらに散らしながら、何とかこの人の魅力を伝えようと努力している。しいて言うならば、宇野さんは女の目で、白州さんはそれよりも直接人間としてぶち当たって見ようとしている。

小林さんとの出来事を綴った「高級な友情」という本もある。様々な人に大きなインパクトを与えていた人であることの証である。

僕が読んだ限りにおいては、洲之内徹さんが書いた短文がいちばんしっくり来るように感じた。

実際に青山さんについて書かれている箇所はじつにわずかなのだ。洲之内さんの文章は、相変わらずあっちへふらふら、こっちへふらふらしながら、いつのまにか対象の内側に入り込む。とても真似できるものではない。

いろんな人との会話の中で偶然幾度も青山二郎の名前が出て、州之内さんは、名前だけはとうに知っていた青山という人について思いをめぐらせる。

最後に、この何ものでもないというのが青山二郎なのだ、と納得するともなく納得していく。そこの呼吸がじつにうまい。「きまぐれ美術館」というシリーズが洲之内さんにはある。そのどこかに入っている。

どの巻にある、と紹介するのが不親切なのは分かっているが、僕はこのブログを、ほんのちょっとした暇を見つけては、ほとんど即興的に書いている。本箱を探すだけの時間はないのだ。

興味を持った人は、青山二郎についてでなくても構わない、どの巻でもよいから読んでみることをお勧めする。青山さんも、現代では洲之内徹だけを批評家と見做すと言って、芸術新潮を読んでいたそうだ。

青山二郎を知ろうと思ったら、白洲さん、宇野さんをはじめかなりの量があるから、どれでもまず読んでみるとよい。


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