季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

シュタインベルク 2

2020年02月02日 | 音楽
シュタインベルクというピアノが僕の記憶に残っていたのは前の記事で書いたとおりである。

最近になってこれも偶然、家から徒歩で数分の所に再調整されたシュタインベルクのグランドピアノがあることを知った。調律師の方が手を入れて出来上がったという。

連絡を取り早速見せて頂いた。普通の家を入るとそこは小さなスタジオになっていて、お目当のピアノが僕を待っていた。

再調整された楽器の難しさをも感じたのであるが低音域と高音域は、最高音域までも、実に良いのである。この楽器の素性が素晴らしいことは直ぐに分かった。この様なクオリティがたった三十数年しか存続しなかったメーカーにどうして可能だったのだろう。

僕がドイツで初めて接した時、これはスタインウェイから部品を購入して独自のコンセプトで作られたのではないか、と思った。スタインウェイの堅牢な柔らかさ(この柔らかさが現代のスタインウェイから失われたものだ)をもう一段堅牢にした感じとでも言おうか。BMWのスポーツ車がスタインウェイならポルシェの上位車がシュタインベルク、そんな質感の違い。

ドイツで弾いたのは130cm位のベビーグランドだったが今回のは2m近くあったのではないか。説明によれば日本にはたった四台しか残っていないという。

中音域は両端に比しては扱いにくく音の密度に難が無いわけではなかった。これは主としてハンマーに由来するのではあるまいかと思うのである。

調律師の話では色んなピアニストが来てこんな楽器では鳴らないと厳しい意見が多くその度にハンマーなどに手を入れているうちに道に迷った按配になったとのこと。

恐らくその通りだったのだろう。鳴らないといっても鳴るではないかと弾いてみせると本当だ!と納得してくれる。鳴るというのは何dBというものではないのだ。

様々な意見全てに応えようとするのは道を失う第一歩かもしれないではないか。改めて痛感した。

もしも経済的に許されるならばハンマーを交換してみたら良いのではなかろうかと率直に感想を述べて帰った。

以前見たアップライトは誰が購入したのだろう。今なら僕が買い戻したい。自分が売ったのではないから買い戻したいなどというのはおかしな話だがそう言いたいのである。