謎の日常

 「観光」に”感動”などといった余計な”感情”は必要ない・・・
 ただ”事を終わらす”とだけ考えれば良い・・・

聖地・エルサレム...(イスラエル)

2006-05-22 00:48:37 | 1stミッション 中東:ヨーロッパ
2006-05-22

 ここは奇妙な街であった...

 地球上には数多くの聖地があるが大体はある一つの民族、宗教、国家等の聖地であるのに、ここの旧市街は「イスラム教、キリスト教、ユダヤ教」と3つの宗教の聖地となっている。

 ユダヤ教はその発祥の地であり、また彼らに都合の良い言い方をするならば「約束の地」であり、イスラムについてはメッカ、メディナに次ぐ第3の聖地となり、預言者マハメットの昇天した地でもある。キリスト教と言えば、「イエスキリストが処刑された」地であり、この3つの宗教がこの地を焦点とし時には争いを、そしてつかの間の平和を得ながら長い歴史の中で生き続けてきた都市である。

 旧市街は主に「ユダヤ人地区、キリスト教徒地区、イスラム地区」とそれ程広くもない城壁に囲まれた街に住み分けをしており、アザーンや鐘の音が混ざりながら聞こえてきたり、また宗教ごとの服装の違いなどちょっと歩いて別の地区に入っただけでもがらりと変わってしまう。「世にも奇妙な都市」として存在していた。


 しかしながらこの「プロフェッショナル・デューク東城」ここまでに60を超える国を訪れ100以上の都市を渡り歩いてきた”超8流のプロ”である...

 この程度では「ここは聖地」とまでは認めることが出来ても、「人の言う、”その凄み”」という言葉にはちょっと疑問を拭えなかった。

 確かに3宗教にとって重要な位置づけを持つ都市でこそあるものの私自身は無宗教、それに多くの観光客が訪れている今、何と言うかその「厳粛な雰囲気」という物や、「歴史の重み」と言った物はあまり感じられないでいた...


 私は軽い失望を持って、エルサレムを後にすることにした。

 「もうここには見るべき物などない」

 旧市街のホテルから出て、長距離のバス亭に向かう市バスの中、エルサレムの新市街を眺めて、溜息をついていた...


 そのときふと目にしたものに私は衝撃を覚える。

 そしてこの時初めてエルサレムが聖地と呼ばれる理由や、その重みすべてが私の双肩にのしかかってきた。





 「これだったのか...、エルサレムが聖地と言われる訳は...」


 無神論者である私すら

 「ここは聖地である」

 と疑問の余地を抱かせないこの衝撃の事実、


 もう事ここに至っては

 「宗教・国籍・民族・政治・性別」

 等、そんな卑小なものは関係なく


 全ての人が

 「ここを聖地である」

 と認めざるを得ないだろう...






 この先を皆まで言う事はないだろう、

 「下に添付した一枚の写真...」

 これで私の意見に全ての者が納得するであろう事を確信している... 









性地...??


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