第3章 ムベヤという町
この町については若干の説明が必要だろう。ダルエスサラームからザンビア、もしくはマラウィに向かうものにとっては分岐点とも言える町でここから多くの路線バスが走っている。また町の規模こそ大きくないものの各国の人間が貿易などで交差するトレーダータウンといってもいいだろうか。
中々立派なムベヤ駅
またもう一つ有名なのはバス会社がほぼ全部ボッてくるということである。私のような明らかな外国人だけでなく現地人に対しても同様であるらしい。何でもバスのチケット会社には料金表が貼ってあるのだがそれが最初からボリプライスということで知られていた。
これがムベヤのバスターミナル
タンザニアのバス会社は基本的にどこでもボッてくることで旅行者に知れ渡っているのだが、ここはその最高峰、ボリ会社の聖地と言っていい側面も持っていた。
ここから私はバスのチケットを手に入れてマラウィ方面へ向かうのだが、さてここで皆はどう考えるだろうか?
多くの旅行者を見ているとボラレルのは絶対嫌だからといって現地人との喧々諤々の口論をした挙句に現地人料金を出して折り合いをつけていくのが常套手段ではあろうがそこはこの「プロフェショナル」、そんなせこい考え方にはとんと興味が無い、何よりも時間の無駄だし効率悪い事この上ないし気分も悪くなる、バックパッカーなる輩は1円、いや1銭の金の為にも手間も時間も惜しまないのかもしれないが。私は仮にも「プロフェッショナル」を名乗る旅行界唯一の存在である。そんな馬鹿みたいなアマチュアリズムはとんだお笑い種だ。
今回私の考えた作戦はこうである。
『どうせボリ会社だらけなら最初からボラせてやってその代わり目的地までいい席を確保して速攻で抜ける』
ということだ。
もちろん度を越したボリはさせる気も積もりも無い。ちょっと料金を上乗せしてやって当初の目的をスマートに果たす。効率的なことこの上ないしまあボリ金額はサービス料だ。これがプロの思考ってもんだろう...
まあ時間も1000時と少し遅いので今日中にマラウィの首都リロングウェまでは無理にしても北部のカロンガという町までなら十分間に合うしそこで1泊して休養してから次に向かえばリロングウェにも日中に到着出来るので問題は無い。今回の計画はこれで決まりだ。
そんな事を考えながらムベヤ駅を降りると早速人が話しかけてくる。バスの客引きで地名を連呼している。私の目的地カロンガを連呼する客引きはいなかったがまあ何とかなりそうだ。そこで英語の出来る若い男が話しかけてくる。
「どこに行くんだい?」
『カロンガなんだけどバスはあるのかな?直行便だぜ』
「うーん、ちょっと分からないな。まあバスのオフィスにでも来てくれよ、そこで調べるからさ、まあ君が良かったらだぜ」
そう答えて彼はどっかに行ってしまった。
こいつはいい印象だ。客引きなんてのはこっちの行き先を聞いたらたとえそこに自分の会社が行かなくてもどっか別の会社を紹介してマージンを取りたがるのにコイツはその気配すらない。信用しても良さそうだ。
彼と別れてダラダラ乗り場に向かって歩きバス停行きのダラダラを待っているとさっきの若い男が戻って来る。客も捕まえたらしい。彼は私を見て
「バスは見つかったのかい?まだなら君も一緒に来ればいいよ」
といってくれる。
押し付けがましいところが無い所が気に入り、それに当ても無かったので取り合えず彼のオフィスとやらに行ってみる事にする。まあ彼の所が駄目でも他を当たればいいだけだ。
ダラダラにのって5分、こじんまりとしたバスターミナルに到着、彼は私をオフィスに案内してちょっと待つように言ってから少したって戻って来る。
「いやぁ、君の行くカロンガなんだけど朝の便はもう出てるから昼の便になるけどそれでいいかな?」
そいつは悪くない、後は料金だが...
『幾らかな??』
「7500タンザニアシリング(約750円)」
彼は答えてくる。
『ちっ・・・!』
今迄は善良そうに見えていた彼だがここで先ず馬脚を現した。このプロを前にそんなインチキ料金は通用しない。乗り継いでいっても合計4000タンザニアシリングがいいところだというのは既に情報として掴んでいる。まあとはいっても後は軽く交渉して料金を下げて払えばいいだろう。
『おいおい、あんた、俺が外国人だからって7500は高すぎるぜ、まあ6500なら出してやる。お前のサービス代込みだ。その代わり直行便だ。国境で乗換えなんて面倒だしな。まあこれでもお前さんには多い金額だぜ!』
彼は私の顔をみて、溜息混じりにこう答える。
「あんた全部お見通しだな、OK、それでいいよ、ちょっと待っててくれ、チケット出して直行便に乗れるようにしてやるよ」
どうだい?バックパッカーなんて碌でもない輩にはこんなスマートな大人の交渉は出来やしないだろう!!これでこの私が「プロフェッショナル」だって事はよくよく理解できたかな??
首尾よくチケットを入手して外のテーブルで煙草を吸って待っていると彼が笑顔で帰ってくる。
「おーい、カロンガ行が今から出るよ、ガイドも付けるから一緒にタクシーで乗り場に行ってくれ、料金はこっち持ちだから心配しなくていいよ」
まあこれも私の読み通りだ、タクシー代くらいは既にボラせてある。ここにももう帰ってこないしまあ快適にカロンガに行ければ万事オーケーだ。
タクシーに乗って5分ほど、別のバスのターミナルに行く、ガイドは私を案内して目的のバスに乗る。座席も前の方で窮屈さは無い。まあちょっと金を多く出しただけで全ての物事が快適に進んでいた。
バスは中型だったがこんな地方の町にデラックスバスを期待してもそれは無理って物だろう。座席に落ち着いてチケットを見せる。タンザニアも残り後僅かだった。
筈だったが・・・
係が私のチケットを見るなりこう一言
「このチケットは何?」
『へっ...!』
いやいや良く見てよ、『カロンガって書いてあるでしょう』
「このチケットはうちの物じゃないぜ、それにこれはソングウェ行(マラウィとの国境町)行だよ・・・」
『・・・』
『・・・・・・』
『やっやられた・・・!』
幸い私を案内したガイドがまだ残っていて別のスタッフと交渉していた。私はバスを飛び降りてそいつを掴まえて大声で怒鳴る
『おい、てめえぇ、お前のボスは嘘を俺につきやがったな、カロンガには行かないじゃねえか、どういうつりだ!!』
相手の反応は意外だった、彼は私がボスと話している時に確か近くにいた筈なのに「どうしたんだ」と驚いた顔をして私が経過を説明すると大声で私だけでなく周りの乗客に聞こえるように話し始めた。
「そうか!あんたあのボスに騙されたのか!あいつは悪い奴だ!!」
おいおい、そんなフリをしてる場合じゃないだろう、アンタも相棒だろうに...、そんな私の気持ちもお構い無しに尚も演技を続ける、
「あいつは外人のお前を騙した悪い奴だ、俺は奴を許さない。君にはキチンとカロンガにいけるようにこのバスのスタッフに取り計らうからそれで今回は許してくれ・・・」
なかなかにいい演技だ、主演は無理でも助演男優賞ぐらいならあげてもいいと思うくらいだ。
まあことがこうなったらにはカロンガに行くのはどうでもいい、ソングウェまでは2000タンザニアシリング(約200円)だ。200円くらいならチップとして上げても惜しくは無かったが計算すると2000のバスに6500も支払っているのはいいようにやられすぎだろう。お金を取り返す為に対決しなければ行けない...
白々しい“名演技”を続ける彼に冷たくこう言い放つ。
『今からさっきの所に戻るぜ、お前のボスから金は返してもらう。もし返さないなら警察にでも一緒に行くからな』
と。
しかし彼の答えは流石だった!
「分かった、一緒にボスのところに言って君の金を取り戻すのを手伝う!」
こいつもいい芝居だ、全て知った上で私の味方を装ってしてボスに責任を擦り付ける。自分は何も知らなかった善人と言う訳だ。
まあでも仕方ない。ボスに会うまではこいつも一緒だ!!
それにしても・・・
『スマートに効率良く抜けるために多少料金を上乗せして支払う』という初期のプランは台無しだ。最初から全て疑って喧々諤々の口論をして怒りに任せて移動してた方がよっぽどマシだった。
どうだい、バックパッカーならこんなミスなんて出来まい。こういったミスは「プロフェッショナル」な私だからこそ出来たミスなんだぜ、ご理解いただけたかな...(涙)
戻ってきたターミナルの付近
第4章 ボスとの対決
名演技を見せた助演男優賞のガイドと一緒にさっきのチケットオフィスに戻る事にする。行きはタクシーだったが帰りはダラダラだ。この段階で既に旅の快適さともお別れしていた。まあ男優は金がタクシーで使ってもう無いと言っていたし料金は向こう持ちだからいいだろう。
私は暴力は嫌いだ。というよりもそもそも「チキン天下一」を自負する私に腕力に訴えるなどという野蛮な選択肢は無かった。しかし今回ばかりはそうも言ってられない。向こうの対応次第ではこちらもどう出るか分からない、一匹の修羅となって戦わなければならないだろう。そう考えるようになるまで腸は煮えくり返っていた。
見た目はのどかだが人間は腐っているムベヤのバスターミナル
バス停に到着してチケットオフィスに飛び込む、いよいよ対決だ!!
『???』
『あれっ??誰もいない・・・』
オフィスはもぬけの殻、ここを出てから30分もかかっていない。
ガイドは私にこう語りかける。
「うちのボスはもう逃げて1-2週間は帰ってこない、良くお客を騙した後は逃げてしまうんだ・・・」
『???』
『お前知ってたら先にそれを言いやがれよ・・・!!』
相変わらずの名アシストだ、俺がタンザニア人ならコイツを間違いなく部下に雇ってもいい。だが残念ながら俺の国籍は違ったものだし、何よりももう一度生まれ変われてもこんな国は願い下げだ。
まあそうは言ってもコイツに絡んでもしょうがない。金はボスが握っている。ここはちょっと考える時間も必要だ。まあ悪態でもついてやろうか?そして彼にこうなったらムベヤに泊り込んで警察に訴えてなおかつ毎日このチケットオフィスの前に来て『ここはチケットオフィスはインチキです』とでも言い続けてやろうか??
ガイドにそんな事を伝えるとガイドも困った顔をする。警察はまずいらしいし営業妨害されるのも嫌みたいだ。しかしボスを悪者にした割には別にこのオフィスを辞めるとは一言も言ってこないのはやはり確信犯の共犯者だろう。
私がバス停に到着して2時間くらい立った頃だろうか?流石にガイドも痺れを切らし始めてこう提案してきた。
「ボスから君の移動費で5000タンザニアシリング預かったんだ。タクシーに1000タンザニアシリング使ったから4000なら君に戻せる。こんな所で待っててもしょうがないからこれでカロンガに行ってくれないか??」
『・・・』
『なんだ、お前金を持ってたのか・・・!!』
『おいっ・・・そういうことははじめに言ってくれよ・・・』
そんな事は最初に言ってくれてればさっきのバス停で取り返して今頃はもう国境に到着していたはずだ。ガイドもやっぱりタンザニアン!ボスと同じ穴のムジナだ。人を騙して金を巻き上げた挙句、それをそのまま懐に入れたまま俺が去っていくのを待つつもりだったのに違いない。俺がしつこくここでボスを待つものだからもうヤバイと思い始めて自分の儲けを諦めたのだろう。
でもまあこれならこれでしょうがない、ボスと対決し一矢報いる事はかなわなかったが幾らか金は返ってくる。もうこれ以上待つの飽きていたので彼の提案を受け入れることにした。そして今度も彼に案内させ、ソングウェ(ボーダー行)のバス停に向かい、そして今度こそこのムベヤを後にする事となった。
しかし・・・このムベヤではいいようにやられてしまった。お金はボラレルだけボラレて物事は全く進展しないばかりか時間の浪費も甚だしい。
どうだい?こんな間の抜けた騙され方は並のバックパッカー程度では決してありえないだろう!!この私が「プロ」を名乗ることの凄さがこれで分かっていただけた事だろう・・・(涙)、しかしこの「プロフェッショナル」の裏をかいてくるとは・・・(涙)
第5章 そしてその後
さっそくソングウェ行の中型バスを掴まえて飛び乗る。2台あったが前のウインドーにエクスプレスと書いてある方を選んだ。外見上は中々やりそうなこの中型は実際に走ると逆の意味で凄まじい物であった。出発は1400時、ここから通常1時間で着く距離なのだがこの中型バスは平均時速はおそらく時速10Kmは出ていない、時折チャリに抜かされている程の遅さであった。同乗した現地人すらビックリして口を開けたままになっていた。こうなってくるとこの速度で壊れる事もなく止まらずに走り続けている方が不思議なくらいであった。
道中の景色
そして世界でも有数の遅さを誇ったエクスプレスバス、このエクスプレスの表示さえなければ...(涙)
ソングウェには1600時に到着、バスから降りると同時に路上両替商が寄ってくる。マラウィ側に正規の両替商がいることを既に友人から聞いていたので断っても一向に離れようとしない。
これがボーダー
「マラウィ側に両替商なんてないぜ」
と、勝手な事を抜かしてくる。
イミグレに入って出国手続きを終え、またマラウィボーダーへ向かう途中にどんどん人が増えてきて最大で10人ぐらいのこの路上両替商に囲まれる事になってしまった。余りにもしつこいので日本語と英語で怒鳴りつけてみたらその中の一人が
「ははーん、ここはお前が初めての土地だからビビッて俺たちと両替しようとしないんだな!」
等と言い出す始末である。考えても見て欲しい。嫌だからどっか行けと言い続ける人間に付きまとい続ける奴が碌な者であった例は無い筈だ。私が真っ直ぐ前に進もうとしても一人追い払うたびに別の人間が私の前に立ち塞がる。怒鳴っても無視しても効果無しだ。こんな奴らを変わり番に追っ払うのは疲れてしまって仕方が無い。流石に追っ払うのももういい加減面倒くさくなって途方に暮れ始めているとタンザニアの国境警備の兵士がやってきて鞭をふるって私の周りの人間をその鞭で叩きながら追い払い、これでようやくマラウィに入国。案の定さっきはないと言われていた正規の両替商はキチンと営業している。その両替率も路上両替商たちの示したそれよりも1割以上は良かった事は言うまでも無い事だろう。
1830時にようやくマラウィに入国、幸運な事にリロングウェ行きの深夜バス、それも大型のキレイなものが待ち構えていてチケットも難なく入手する事が出来た。
2100時にバスは出発、翌朝はリロングウェだ、まあ騙されたり色々あったりしたが当初の計画は結果的にはこれで帳尻が合うだろう。しかしそれにしても・・・
リロングウェ行バス
ムベヤのチケットオフィス、噂通り、いや噂以上の強敵であった。こ旅人を罠にかけるこの熟練した手法はハイエナのように狡猾であったといってもいいだろう・・・
私はこの町の事を忘れない、失った2500タンザニアシリング(約250円)のほろ苦い思い出とともにこの狡猾なハイエナの住むムベヤという町の事を・・・
この町については若干の説明が必要だろう。ダルエスサラームからザンビア、もしくはマラウィに向かうものにとっては分岐点とも言える町でここから多くの路線バスが走っている。また町の規模こそ大きくないものの各国の人間が貿易などで交差するトレーダータウンといってもいいだろうか。
中々立派なムベヤ駅
またもう一つ有名なのはバス会社がほぼ全部ボッてくるということである。私のような明らかな外国人だけでなく現地人に対しても同様であるらしい。何でもバスのチケット会社には料金表が貼ってあるのだがそれが最初からボリプライスということで知られていた。
これがムベヤのバスターミナル
タンザニアのバス会社は基本的にどこでもボッてくることで旅行者に知れ渡っているのだが、ここはその最高峰、ボリ会社の聖地と言っていい側面も持っていた。
ここから私はバスのチケットを手に入れてマラウィ方面へ向かうのだが、さてここで皆はどう考えるだろうか?
多くの旅行者を見ているとボラレルのは絶対嫌だからといって現地人との喧々諤々の口論をした挙句に現地人料金を出して折り合いをつけていくのが常套手段ではあろうがそこはこの「プロフェショナル」、そんなせこい考え方にはとんと興味が無い、何よりも時間の無駄だし効率悪い事この上ないし気分も悪くなる、バックパッカーなる輩は1円、いや1銭の金の為にも手間も時間も惜しまないのかもしれないが。私は仮にも「プロフェッショナル」を名乗る旅行界唯一の存在である。そんな馬鹿みたいなアマチュアリズムはとんだお笑い種だ。
今回私の考えた作戦はこうである。
『どうせボリ会社だらけなら最初からボラせてやってその代わり目的地までいい席を確保して速攻で抜ける』
ということだ。
もちろん度を越したボリはさせる気も積もりも無い。ちょっと料金を上乗せしてやって当初の目的をスマートに果たす。効率的なことこの上ないしまあボリ金額はサービス料だ。これがプロの思考ってもんだろう...
まあ時間も1000時と少し遅いので今日中にマラウィの首都リロングウェまでは無理にしても北部のカロンガという町までなら十分間に合うしそこで1泊して休養してから次に向かえばリロングウェにも日中に到着出来るので問題は無い。今回の計画はこれで決まりだ。
そんな事を考えながらムベヤ駅を降りると早速人が話しかけてくる。バスの客引きで地名を連呼している。私の目的地カロンガを連呼する客引きはいなかったがまあ何とかなりそうだ。そこで英語の出来る若い男が話しかけてくる。
「どこに行くんだい?」
『カロンガなんだけどバスはあるのかな?直行便だぜ』
「うーん、ちょっと分からないな。まあバスのオフィスにでも来てくれよ、そこで調べるからさ、まあ君が良かったらだぜ」
そう答えて彼はどっかに行ってしまった。
こいつはいい印象だ。客引きなんてのはこっちの行き先を聞いたらたとえそこに自分の会社が行かなくてもどっか別の会社を紹介してマージンを取りたがるのにコイツはその気配すらない。信用しても良さそうだ。
彼と別れてダラダラ乗り場に向かって歩きバス停行きのダラダラを待っているとさっきの若い男が戻って来る。客も捕まえたらしい。彼は私を見て
「バスは見つかったのかい?まだなら君も一緒に来ればいいよ」
といってくれる。
押し付けがましいところが無い所が気に入り、それに当ても無かったので取り合えず彼のオフィスとやらに行ってみる事にする。まあ彼の所が駄目でも他を当たればいいだけだ。
ダラダラにのって5分、こじんまりとしたバスターミナルに到着、彼は私をオフィスに案内してちょっと待つように言ってから少したって戻って来る。
「いやぁ、君の行くカロンガなんだけど朝の便はもう出てるから昼の便になるけどそれでいいかな?」
そいつは悪くない、後は料金だが...
『幾らかな??』
「7500タンザニアシリング(約750円)」
彼は答えてくる。
『ちっ・・・!』
今迄は善良そうに見えていた彼だがここで先ず馬脚を現した。このプロを前にそんなインチキ料金は通用しない。乗り継いでいっても合計4000タンザニアシリングがいいところだというのは既に情報として掴んでいる。まあとはいっても後は軽く交渉して料金を下げて払えばいいだろう。
『おいおい、あんた、俺が外国人だからって7500は高すぎるぜ、まあ6500なら出してやる。お前のサービス代込みだ。その代わり直行便だ。国境で乗換えなんて面倒だしな。まあこれでもお前さんには多い金額だぜ!』
彼は私の顔をみて、溜息混じりにこう答える。
「あんた全部お見通しだな、OK、それでいいよ、ちょっと待っててくれ、チケット出して直行便に乗れるようにしてやるよ」
どうだい?バックパッカーなんて碌でもない輩にはこんなスマートな大人の交渉は出来やしないだろう!!これでこの私が「プロフェッショナル」だって事はよくよく理解できたかな??
首尾よくチケットを入手して外のテーブルで煙草を吸って待っていると彼が笑顔で帰ってくる。
「おーい、カロンガ行が今から出るよ、ガイドも付けるから一緒にタクシーで乗り場に行ってくれ、料金はこっち持ちだから心配しなくていいよ」
まあこれも私の読み通りだ、タクシー代くらいは既にボラせてある。ここにももう帰ってこないしまあ快適にカロンガに行ければ万事オーケーだ。
タクシーに乗って5分ほど、別のバスのターミナルに行く、ガイドは私を案内して目的のバスに乗る。座席も前の方で窮屈さは無い。まあちょっと金を多く出しただけで全ての物事が快適に進んでいた。
バスは中型だったがこんな地方の町にデラックスバスを期待してもそれは無理って物だろう。座席に落ち着いてチケットを見せる。タンザニアも残り後僅かだった。
筈だったが・・・
係が私のチケットを見るなりこう一言
「このチケットは何?」
『へっ...!』
いやいや良く見てよ、『カロンガって書いてあるでしょう』
「このチケットはうちの物じゃないぜ、それにこれはソングウェ行(マラウィとの国境町)行だよ・・・」
『・・・』
『・・・・・・』
『やっやられた・・・!』
幸い私を案内したガイドがまだ残っていて別のスタッフと交渉していた。私はバスを飛び降りてそいつを掴まえて大声で怒鳴る
『おい、てめえぇ、お前のボスは嘘を俺につきやがったな、カロンガには行かないじゃねえか、どういうつりだ!!』
相手の反応は意外だった、彼は私がボスと話している時に確か近くにいた筈なのに「どうしたんだ」と驚いた顔をして私が経過を説明すると大声で私だけでなく周りの乗客に聞こえるように話し始めた。
「そうか!あんたあのボスに騙されたのか!あいつは悪い奴だ!!」
おいおい、そんなフリをしてる場合じゃないだろう、アンタも相棒だろうに...、そんな私の気持ちもお構い無しに尚も演技を続ける、
「あいつは外人のお前を騙した悪い奴だ、俺は奴を許さない。君にはキチンとカロンガにいけるようにこのバスのスタッフに取り計らうからそれで今回は許してくれ・・・」
なかなかにいい演技だ、主演は無理でも助演男優賞ぐらいならあげてもいいと思うくらいだ。
まあことがこうなったらにはカロンガに行くのはどうでもいい、ソングウェまでは2000タンザニアシリング(約200円)だ。200円くらいならチップとして上げても惜しくは無かったが計算すると2000のバスに6500も支払っているのはいいようにやられすぎだろう。お金を取り返す為に対決しなければ行けない...
白々しい“名演技”を続ける彼に冷たくこう言い放つ。
『今からさっきの所に戻るぜ、お前のボスから金は返してもらう。もし返さないなら警察にでも一緒に行くからな』
と。
しかし彼の答えは流石だった!
「分かった、一緒にボスのところに言って君の金を取り戻すのを手伝う!」
こいつもいい芝居だ、全て知った上で私の味方を装ってしてボスに責任を擦り付ける。自分は何も知らなかった善人と言う訳だ。
まあでも仕方ない。ボスに会うまではこいつも一緒だ!!
それにしても・・・
『スマートに効率良く抜けるために多少料金を上乗せして支払う』という初期のプランは台無しだ。最初から全て疑って喧々諤々の口論をして怒りに任せて移動してた方がよっぽどマシだった。
どうだい、バックパッカーならこんなミスなんて出来まい。こういったミスは「プロフェッショナル」な私だからこそ出来たミスなんだぜ、ご理解いただけたかな...(涙)
戻ってきたターミナルの付近
第4章 ボスとの対決
名演技を見せた助演男優賞のガイドと一緒にさっきのチケットオフィスに戻る事にする。行きはタクシーだったが帰りはダラダラだ。この段階で既に旅の快適さともお別れしていた。まあ男優は金がタクシーで使ってもう無いと言っていたし料金は向こう持ちだからいいだろう。
私は暴力は嫌いだ。というよりもそもそも「チキン天下一」を自負する私に腕力に訴えるなどという野蛮な選択肢は無かった。しかし今回ばかりはそうも言ってられない。向こうの対応次第ではこちらもどう出るか分からない、一匹の修羅となって戦わなければならないだろう。そう考えるようになるまで腸は煮えくり返っていた。
見た目はのどかだが人間は腐っているムベヤのバスターミナル
バス停に到着してチケットオフィスに飛び込む、いよいよ対決だ!!
『???』
『あれっ??誰もいない・・・』
オフィスはもぬけの殻、ここを出てから30分もかかっていない。
ガイドは私にこう語りかける。
「うちのボスはもう逃げて1-2週間は帰ってこない、良くお客を騙した後は逃げてしまうんだ・・・」
『???』
『お前知ってたら先にそれを言いやがれよ・・・!!』
相変わらずの名アシストだ、俺がタンザニア人ならコイツを間違いなく部下に雇ってもいい。だが残念ながら俺の国籍は違ったものだし、何よりももう一度生まれ変われてもこんな国は願い下げだ。
まあそうは言ってもコイツに絡んでもしょうがない。金はボスが握っている。ここはちょっと考える時間も必要だ。まあ悪態でもついてやろうか?そして彼にこうなったらムベヤに泊り込んで警察に訴えてなおかつ毎日このチケットオフィスの前に来て『ここはチケットオフィスはインチキです』とでも言い続けてやろうか??
ガイドにそんな事を伝えるとガイドも困った顔をする。警察はまずいらしいし営業妨害されるのも嫌みたいだ。しかしボスを悪者にした割には別にこのオフィスを辞めるとは一言も言ってこないのはやはり確信犯の共犯者だろう。
私がバス停に到着して2時間くらい立った頃だろうか?流石にガイドも痺れを切らし始めてこう提案してきた。
「ボスから君の移動費で5000タンザニアシリング預かったんだ。タクシーに1000タンザニアシリング使ったから4000なら君に戻せる。こんな所で待っててもしょうがないからこれでカロンガに行ってくれないか??」
『・・・』
『なんだ、お前金を持ってたのか・・・!!』
『おいっ・・・そういうことははじめに言ってくれよ・・・』
そんな事は最初に言ってくれてればさっきのバス停で取り返して今頃はもう国境に到着していたはずだ。ガイドもやっぱりタンザニアン!ボスと同じ穴のムジナだ。人を騙して金を巻き上げた挙句、それをそのまま懐に入れたまま俺が去っていくのを待つつもりだったのに違いない。俺がしつこくここでボスを待つものだからもうヤバイと思い始めて自分の儲けを諦めたのだろう。
でもまあこれならこれでしょうがない、ボスと対決し一矢報いる事はかなわなかったが幾らか金は返ってくる。もうこれ以上待つの飽きていたので彼の提案を受け入れることにした。そして今度も彼に案内させ、ソングウェ(ボーダー行)のバス停に向かい、そして今度こそこのムベヤを後にする事となった。
しかし・・・このムベヤではいいようにやられてしまった。お金はボラレルだけボラレて物事は全く進展しないばかりか時間の浪費も甚だしい。
どうだい?こんな間の抜けた騙され方は並のバックパッカー程度では決してありえないだろう!!この私が「プロ」を名乗ることの凄さがこれで分かっていただけた事だろう・・・(涙)、しかしこの「プロフェッショナル」の裏をかいてくるとは・・・(涙)
第5章 そしてその後
さっそくソングウェ行の中型バスを掴まえて飛び乗る。2台あったが前のウインドーにエクスプレスと書いてある方を選んだ。外見上は中々やりそうなこの中型は実際に走ると逆の意味で凄まじい物であった。出発は1400時、ここから通常1時間で着く距離なのだがこの中型バスは平均時速はおそらく時速10Kmは出ていない、時折チャリに抜かされている程の遅さであった。同乗した現地人すらビックリして口を開けたままになっていた。こうなってくるとこの速度で壊れる事もなく止まらずに走り続けている方が不思議なくらいであった。
道中の景色
そして世界でも有数の遅さを誇ったエクスプレスバス、このエクスプレスの表示さえなければ...(涙)
ソングウェには1600時に到着、バスから降りると同時に路上両替商が寄ってくる。マラウィ側に正規の両替商がいることを既に友人から聞いていたので断っても一向に離れようとしない。
これがボーダー
「マラウィ側に両替商なんてないぜ」
と、勝手な事を抜かしてくる。
イミグレに入って出国手続きを終え、またマラウィボーダーへ向かう途中にどんどん人が増えてきて最大で10人ぐらいのこの路上両替商に囲まれる事になってしまった。余りにもしつこいので日本語と英語で怒鳴りつけてみたらその中の一人が
「ははーん、ここはお前が初めての土地だからビビッて俺たちと両替しようとしないんだな!」
等と言い出す始末である。考えても見て欲しい。嫌だからどっか行けと言い続ける人間に付きまとい続ける奴が碌な者であった例は無い筈だ。私が真っ直ぐ前に進もうとしても一人追い払うたびに別の人間が私の前に立ち塞がる。怒鳴っても無視しても効果無しだ。こんな奴らを変わり番に追っ払うのは疲れてしまって仕方が無い。流石に追っ払うのももういい加減面倒くさくなって途方に暮れ始めているとタンザニアの国境警備の兵士がやってきて鞭をふるって私の周りの人間をその鞭で叩きながら追い払い、これでようやくマラウィに入国。案の定さっきはないと言われていた正規の両替商はキチンと営業している。その両替率も路上両替商たちの示したそれよりも1割以上は良かった事は言うまでも無い事だろう。
1830時にようやくマラウィに入国、幸運な事にリロングウェ行きの深夜バス、それも大型のキレイなものが待ち構えていてチケットも難なく入手する事が出来た。
2100時にバスは出発、翌朝はリロングウェだ、まあ騙されたり色々あったりしたが当初の計画は結果的にはこれで帳尻が合うだろう。しかしそれにしても・・・
リロングウェ行バス
ムベヤのチケットオフィス、噂通り、いや噂以上の強敵であった。こ旅人を罠にかけるこの熟練した手法はハイエナのように狡猾であったといってもいいだろう・・・
私はこの町の事を忘れない、失った2500タンザニアシリング(約250円)のほろ苦い思い出とともにこの狡猾なハイエナの住むムベヤという町の事を・・・