ルイガノ旅日記

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桜の開花、その後〜八剱神社

2020年03月25日 | 北九州
八剱神社の桜は順調に開花が進んでいます。参道わきの駐車場に2本のソメイヨシノの古木があるのですが、そのうちの1本(私が勝手に標本木としている桜です)は、早くも五分咲きになっていました。


花見には少し早いくらいだったにもかかわらず、桜を見に立ち寄る人が多かったです。


淡く清楚な花びらを見ていると、新型コロナの話題も暫し忘れますね。


参道の脇の楠の古木。今にも倒れそうな幹が石柱に支えられています。


八剱神社の創建には二つの説があります。
◯第12代景行天皇の御代、熊襲征伐に際してこの地に立ち寄られた日本武尊(ヤマトタケル)を奉祀…
◯平家追討の命を受けてここに本城を築いた三河守範頼が名古屋の熱田神宮から劔大神を勧請して奉祀…
どちらが正しいのかは明らかではありませんが、神社としては後者の説を採っているようです。

本城の八剱神社は、日本武尊、天照大神、神功皇后の三神をお祀りしています。


境内にある恵比須神社と菅原神社のお社。


参道の脇でシャガが自生していました。


邪馬台国九州説の立場から、北部九州の八剱神社にまつわる面白い仮説を見かけました。
スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治の神話は、スサノオが福岡県北部に勢力を広げていた八俣遠呂智一族を討伐した史実だというものです。その説によれば、次のようなポイントから、九州に邪馬台国が存在したと推測しています。
《八剱神社に関して》
◯ヤマタノオロチから奪った剣は八振りあり、これが「八剱神社」の名の由来と考えられること…
◯福岡から大分にかけて八剱神社が多く、ちょうどその数が八社であること…
《八幡という地名に関して》
◯ 三種の神器の一つである草薙剱(くさなぎのつるぎ)の正式名は「天叢雲劒」で、天村雲尊=八幡神の長の所有であったと考えられること…
◯矢俣一族のヤマタ(yamata)と八幡神のヤバタ(yabata)はm音とb音が入れ替わったもので、福岡県東部から大分にかけて八幡神社が密集していること…
◯北九州市に八幡(東西)区(かつては八幡市)の地名が残されていること…
◯ヤマタノオロチ退治の神楽が、全国で一番濃密に分布するのが福岡豊前の地であること…
邪馬台国は、その存在自体も含めて未だ謎が多いですが、福岡県民にとっては興味深い推論です。


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