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森 一仁が医学・国際政治経済金融・人文教養教育など関心問題を国際的・学際的に考える。

<アスクレピウスの杖(1)>「脳で考えること、気で感じること」

2006-01-03 00:42:10 | 統合医学(補完・代替医学)
ひょんなことから自分もいつかは自分も出合う死に対して、常に不安を感ずると共に、頻繁に体に不調を感じるようになる男性。不調の度に、それが重大な病気だと勝手に思い込むようにまでなるだけでなく、その考えから抜け出せなくなってしまう。具体的な症状の発現部位として皮膚消化器系や、睡眠・記憶力・意欲の減退などがある。これに対して熊木徹夫先生のMLにおいて私が述べたコメントは、<アスクレピウスの杖>という一コーナーを宛がって頂いたのだが、それは以下のようなものである。

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<●アスクレピウスの杖(1)●>「脳で考えること、気で感じること」
人間と言うのは、ある所に意識が過敏になっているとき、得てして他の所には鈍感になっているものです。人間の意識が一点に”注意”、つまり”意が注がれている”ときは、ほかの事柄に”留意する”のがおろそかになっているものです。二宮金次郎ではありませんが、本を読みながら歩いていて電柱にぶつかる等と言うのは、これを表しています。つまり”意識を留めて”おけない、と言う訳です。だからおそらくは、普段気にしておられない身体の部位からは、なんの異常も感じられないはずです。

この方は、類推するに、おそらく”頭で”・・・つまり”脳で”考えて自分の体について色々と想いを巡らせているのだと思うのです。実際に現代医学を駆使して検査してみても何もでない訳ですが、心の中は”予期不安”でいっぱいなのでしょう。言い換えれば、お悩みになっておられる諸症状というのは”脳が作り出した現実”であるとさえ言えるでしょう。いまふうに言えば”バーチャルリアリティー”です。

ここで別の視点を導入してみましょう。東洋医学の”気”の考え方です。睡眠不足や浅い眠りと、熊木先生のご指摘の「うつ状態」とは気の考え方を導入すると面白い事に気が付きます。”脳が作り出した現実”で頭の中が一杯のとき、またはこれから”起こりうる”疾病について想像力をたくましくしているとき、そのときこの方の”気”は頭の方にあつまっています。手足は冷えてしまっているでしょう。

逆に「うつ状態」にあるときは、”気”が身体では足のほうにどんよりと沈んでしまっています。もうこれ以上、気が頭上より上には上がれなくなってしまったのです。上がる所まで上がり切ったら、あとは降りていくしかありません。体力・気力共に消耗して”気”が沈み込んでしまっているのでしょう。つまり併せて考えると、睡眠が困難な時と、うつ状態の時とで”気”のエネルギーの位置にアンバランスがあると言えます。時折脳のほうを目指して”気”が過剰に集まり 病気について考えているかと思えば、消耗しきって”気”が落ち込んでしまっているように見受けられます。

古来から「臍下丹田」と言います。へその下の丹田という所に気を集めるとよいのです。 武道の稽古では、この辺りに”意識の重心を置く”ようにしますね。歩いていても、丹田に”気を集める”ようにしていると、安定感がでるものです。

記憶力の低下は、記憶を司る系統である大脳辺縁系は、感情とも関係があるので「情動脳」と言われるのですが、これが不安・おそれ・悲しみ・不快の情を生み出す事で忙しいので、記憶の為にスペースを割けないのでしょう。ちょうどコンピュータを使っていていくつものソフトウェアを一度に立ち上げると、処理機能をオーバーしたときに、コンピュータが機能停止してしまうようなものです。

熊木先生は医学生神経症の例を挙げられましたが、あれも傍からみたら可笑しい話ですが、誰でも真剣に単位取得めざして医学の勉強をしているときには、それが文字通り”身になる”のだと思うのです。そして医学生のこころの中でしっくりと”身についた”時にはじめて、医学生神経症が発症できるのだと思います。男性だって妻の妊娠の影響で”つわり”に苦しむ人がいると聞きます。あれも”身にしみて”つらさがわかるのだろうと思います。

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[編集後記]
今から思えば、皮膚の疾患は中医学では肺経と関係が深く、ストレスによって肺経の気エネルギーが不足するだけではなく、ペアになった経絡である大腸経にも影響を及ぼしかねない。肺経と大腸経への気の不足が、それぞれ皮膚の疾患や消化器系統の異常を起こしたとも考えられる。常に不安などの情動と、さまざまのイメージや思考で脳がフル回転するために、気のエネルギーが上行性に集められたかと思えば、逆に急降下してうつ状態を引き起こす。

神経科学だけで考察すれば情動が視床下部・自律神経系に影響を及ぼしてデルマトーム(皮膚分節)で示される神経支配の及ぶ領域に影響を及ぼす、或いは睡眠と覚醒の系統を混乱させるとも考えられるが、情動の問題と感情の方向性(不安によって気が上がってしまう/うつで下がってしまう)という問題を考えるには、気のエネルギーの観点を導入する方が説明がラクかと思えた。

統合医学はまだ始まったばかりである。おそらくはサプリメントと薬剤との相互作用の問題や、種々の治療技法のエフィカシーや安全性の問題など、臨床が主体となって構築されていくのであろうが、それと相俟って基礎医学的なレベルでの統合という仕事も同じくらい価値があり大切であると、いまの私には思える。

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