団塊太郎の徒然草

つれづれなるままに日ぐらし

バラスト水による生物移動

2010-06-12 08:54:07 | 日記

2010年06月09日

石弘之:「地球危機」発 人類の未来


世界の海を侵略する日本産ワカメ







日本や韓国では食卓に欠かせないワカメが、世界の海を荒らし回っている。いわば「海の帰化生物」である。陸の帰化生物ですら駆除がむずかしいのに、海でのさばる外国産の生物の駆除はほぼ絶望的だ。はるばる世界の海にワカメを運んでいったのは、船のバラスト水である。今年は国連の「国際生物多様性年」にあたり、10月には「生物多様性条約」の第10回目の締約国会議が名古屋で開催されが、帰化生物は生物多様性を脅かす一大脅威である。


世界的に猛威をふるう


 ワカメは本来、日本や韓国などの北東アジアの海にしか自生しない。ワカメを食用にする習慣はほぼ日本と朝鮮半島に限られる。日本ではノリと同じく、古くから親しまれてきた海藻で、『万葉集』にも「和海藻(にぎめ)」として100首近くが収録されている。近年では動脈硬化などを防ぐ効果があるとされ、健康食品としても人気が高い。


 そのワカメが、日本から南へ約9000kmも離れたニュージーランドで、騒動を起こしている。首都ウェリントン付近の海岸で最初にワカメが見つかったのは1987年のことだ。これを重く見たニュージーランド政府は、入港してくる船に岸から離れた沖合でバラスト水を排出することを義務づけ、ワカメの駆除作業も進めた。


 その効果もなく、北部から南東部の海岸一帯に猛烈な勢いで広がった。北部の港町ネイピアでは湾内のいたる所でワカメが繁茂している。ロブスターの養殖かごに大量に付着して新鮮な海水の流入が止まり、酸欠になったロブスターが大量死している。在来の海草を追い払って生態系が一変した海域もある。


 ニュージーランドの実態を調査した神戸大学内海域環境教育研究センターの川井浩史教授らの研究チームが、ニュージーランドのワカメのDNAを分析した結果、日本産と韓国産に近い遺伝子型が見つかり、北東アジア産の子孫と判明した。


 ワカメの侵略はニュージーランドにとどまらない。オーストラリア、米国、メキシコ、アルゼンチン、フランス、英国、さらにスペインやイタリアなどの地中海でも勢力を広げている。DNA分析からやはり、日本や韓国から持ち込まれたものとみられている。


 帰化海藻に世界は苦い思いをしてきた。熱帯の海で普通にみられ、水槽の水草としてよく使われるイチイヅタだ。88年に地中海のモナコの海岸で見つかったときには、わずか1m2ほどにすぎなかった。有名なモナコ海洋博物館の水槽から、水の入れ替え時に「逃げだした」と疑われている。


 その2年後に3haほどに広がり、92年以後は地中海全域のみならず、米国西海岸、オーストラリア東岸にまで生息域を拡げた。海底をびっしりと覆って、魚の産卵場所を奪い、生態系を大混乱に陥れている。人間には無害だが、魚類、貝類などには有毒な物質を含んでいるため、この海草を食べる海洋生物はほとんどいない。


 本来は熱帯育ちで寒さに弱いはずが、水槽のなかで遺伝子変異を起こし、強烈な繁殖・生存能力を身につけたと考えられている。海藻のわずかなかけらからでも繁殖できる。各国でさまざまな駆除方法が考案されているが、まったく駆除の見込みは立っていない。


犯人はバラスト水


 海の帰化生物の移動の最大の原因は「バラスト水」だ。これは、船が空荷のときに船体が浮き上がって不安定になるのを防ぐために、バランスをとるために積み込む海水のことだ。石油や物資を積み込むために、目的の港に着く直前に排出する。このバラスト水に海草の断片や胞子、カニやエビなどの小動物がまぎれ込んで、長距離を運ばれていく。排出先で繁殖の条件がうまく合うと、天敵や海草を食べる動物がいないために爆発的に増殖するのだ。


 海の国際問題を扱う国際海事機関(IMO)によると、世界で、約5万隻の商船が年間30億~40億tのバラスト水を運ぶ。1隻あたりの量は載貨重量の25~30%程度だ。


 輸入・輸出額ともに世界で4番目、石油などの資源や食料などを大量に船で輸入する日本は、世界最大バラスト水の輸出国である。他国から日本に運ばれてくるバラスト水は約1700万tなのに対して、年間約3億tが国内の港付近から世界中の海へと運ばれる。


 バラスト水による生物移動がはじめて問題になったのは80年代。カスピ海など欧州の淡水にすむ付着性二枚貝のカワホトトギスガイが大型タンカーのバラスト水に紛れ込んで、セントローレンス川を遡って五大湖に侵入してからだ。その後、ミシシッピ川からオハイオ川を経て、全米各地へ猛烈な勢いで広がった。


 発電所の冷却水取水口や上下水道施設、農業用水などの導水管内部で大量に繁殖してびっしりと張りつき、管内部を詰まらせて巨額の損害をあたえている。米国の発電施設や利水施設の36%が被害を受け、89~04年の経済的損失額は2億4600万ドルにものぼった。こうした被害は各地で急増している。カリフォルニア州でも、黒海からバラスト水とともに紛れて運ばれてきたクアッガガイが、同様の深刻な被害を与えている。


 日本では、オセアニア原産のカワヒバリガイが72年に瀬戸内海ではじめて見つかって以来、関西地方から関東地方にまで急速に広がった。90年代以降は欧州や韓国でも確認され、日本からの2次的な拡散の可能性も指摘されている。生態はカワホトトギスガイとよく似ていて、今後、大きな被害が発生する可能性もある。


 外航船が多く寄港する東京湾は、まさに帰化生物の「楽園」である。底生生物(ベントス)研究者の集まりである日本ベントス学会の調査では、20種を超える動物が居ついている。なかでも北米原産のホンビノスガイ(通称、白ハマグリ)が大量に繁殖し、東京湾アクアラインの海ほたるパーキングエリアではおみやげとして販売されているほどだ。


増える海の帰化生物


 バラスト水に混じって、毎日3000個体以上の動植物が別の海域へ移動していると推定される。これまで、バラスト水に混じって運ばれてきた海の外来動物は、環境省生物多様性センターによると、少なくとも日本近海で38種が定着している。ヨーロッパでも125種、北米でも53種が確認されている。


 その代表格が地中海原産のチチュウカイミドリガニや、北・中米太平洋岸原産のイッカククモガニだ。後者の日本最初の記録は、70年に昭和天皇が相模湾で採集されたものとされるが、現在では日本全国に分布を広げている。そればかりか、韓国、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリア、ニュージーランドなどでも分布が確認されている。


 イタリア料理でなじみの地中海産のムラサキイガイは、各地で大発生して大きな被害が出ている。東京湾では、堤防や船底や工場の吸排水口に付着した生物全体の重量の80%を占め、その量は東京湾全体で2万t以上に達するとみられている。


 広島県のカキ養殖場一帯で大発生し、養殖カキの殻の表面を被ってカキの成長を悪化させ、カキ養殖が激減した海域もある。真珠の産地で有名な三重県英虞湾などでも、真珠の母貝となる養殖アコヤガイが大きな被害を被っている。


 その一方で、日本は海の帰化生物の輸出国である。日本近海からバラスト水によって世界各地へ拡散した日本産生物は、40種以上とみられる。移動先で大発生して経済や生態系に大な被害を与えた例がいくつもある。


 ワカメ以外にも日本産の海草のホンダワラが、イギリスやフランスのカキ養殖の産地で繁殖している。80年代にカキが大量死したとき、日本から緊急輸入した稚貝とともにこの海草が入ってきた。最近では、カリフォルニア州でも定着した。


 オーストラリアのタスマニア島沿岸で、大発生してホタテガイ養殖に大打撃を与えているヒトデは、バラスト水で運ばれたらしい日本在来種のマヒトデだった。オーストラリア政府は、世界に先駆けて03年に近海でのバラスト水排出を禁止した。


 IMOは「海洋環境に顕著な影響を及ぼす生物」として10種を挙げている。このリストには、ワカメ、カワホトトギスガイ、ヒトデとともにコレラ菌が含まれている。91年に南アジアからペルーに入港した船のバラスト水にコレラ菌が潜んでいたことから、数百万人がコレラに感染して1万人以上が死亡した。コレラの流行は西半球では1世紀以上なかった。


バラスト水管理条約と水処理装置


 IMOがバラスト水をはじめて問題にしたのは73年である。バラスト水によってバクテリアが運ばれ、伝染病が蔓延する危険性が指摘されて以来だ。その後、国連やIMOでいくつかの取り組みを経て、04年に「船舶バラスト水及び沈殿物の制御及び管理のための国際条約」(通称、バラスト水管理条約)が採択された。09年から小型の新造船、19年以降はすべての船が対象になる。


 バラストタンク内の沈殿物には、水生生物が多く含まれている可能性が高く、そのまま排出することは禁止される。そのために、締約国はその沈殿物に含まれる有害な水生生物や病原体を、除去または無害化、あるいは外部へ排出する時に、その水中に含まれないようにする施設をできる限り整えることが定められている。


 条約が発効するには「30カ国以上の締約国が批准し、それらの商船の合計船腹量が世界の全商船の35%以上」とする条件が必要だ。10年2月現在で22カ国が批准した。主要海運国の韓国は批准したが、日本はまだだ。


 批准の最大の問題は、バラスト水の処理装置の開発である。フィルターで漉(こ)し分ける方法、化学的に処理する方法など、さまざまな方式が検討されている。国内では、日本海難防止協会が三井造船などと海水をオゾンで浄化する装置の共同開発を進めている。別の方式では、日立プラントテクノロジーと三菱重工業が共同で「凝集磁気分離方式」を開発している。ただ、装置は1船あたり、5000万~1億円もかかるために、一気に普及が進むのはむずかしい。


 現在、バラスト水処理システムとして、IMOのガイドラインに基づいた型式承認を得ている技術は10種あるが、内訳は韓国が3種、米国2種、そして日本、スウェーデン、ノルウェー、ドイツ、南アフリカが各1種と、韓国の先行ぶりがきわだつ。


 世界の「主要貨物海上荷動き量」は、過去30年で2倍以上になった。それだけ貿易が盛んになり、私たちの生活も豊かになったが、その陰で海の生態系は大混乱をきたしている。


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