ドリームピックのウクレレ日記

ウクレレとヨットの大好きな「お腹の大きなオヤジさま」
dreampicのウクレレ日記。

ヨット仲間と会津若松、還暦祝い

2017年10月29日 23時38分37秒 | ヨット系飲み会
この金曜~土曜は、ヨット仲間と私の還暦祝いを兼ねて東北支援の旅行でした。
台風が来る前の、青空が清々しい金曜日の午前中に家を出ました。
…平日に休みを取って旅行っていくつになっても、ワクワクと楽しいものですね。



東京駅のホームに東京出発組6名がボチボチと集合して、缶ビールの乾杯でスタートです。
新幹線で郡山まで1時間程度、郡山駅からは磐越西線に乗り換えて、会津若松までの最終
アプローチ約1時間半の都合約3時間です。
その限られた貴重な時間でビール、日本酒、バーボン…と。



会津若松駅で東北在住のK地さん・弥平さん、それと、列車は鈍行というアニイと合流します。
会津若松の宿は東山温泉のグランドホテルです。ホテルに入って部屋で早速軽く乾杯。
それから宴会場に行くと、私の還暦祝いご一行様の看板があって、感激です。皆さんありがとうございます。
そのあとは、いろいろあったようですが例によって私は記憶喪失状態。聴いた話では、その場でウクレレは
一回ちょっと弾いたけど忘れたと言って弾かなかったようです。
それからカラオケともう一軒行ったようですが記憶にありません。しっかりしてはいたらしいのですが。

写真で注目したいのは、MT氏の浴衣。これ絶対女性用のですがMT氏はこれがいたく気に入ったようで
「お姉さん、アチキと遊ばない?」と浮浪雲気取りでご満悦です。

翌朝、朝食はおかゆと普通のご飯を一杯づつ食べ、チェックアウト後は白虎隊が自刃した飯森山へ。
 





飯森山は初めて行きましたが、この山腹から市内の鶴ヶ城に煙が上がるのを見て、「もはやこれまで」と
そろって自刃して果てた白虎隊は16~17歳の中高生程度の子供だったことを思うと何故か目頭が
熱くなってきました。
わたしもそうしないではいられなかったのですが、彼らの墓前には今もなお、両手を合わせ首を垂れる人が
おり、その人たち捧げる線香が絶えることなく煙を上げていました。




やや興ざめの感を覚えたのは、ファシスト政権下のイタリア王国首相ベニート・ムッソリーニが、
1928年(昭和3)に寄贈したという白虎隊顕彰碑。
白虎隊をファシストに利用されるのは心外で、武士道精神は封建時代だからこそ違和感がないが
近代に場違いに利用しようとするのは、白虎隊志士達も望んではいないことだと思うが、どうだろう。

               

それと、自刃した白虎隊のうちただ一人蘇生して、天寿をまっとうした「飯沼貞夫 翁」の墓も
おなじこの飯森山にあって、その碑を読むと我らNTTヨット部OBとも無関係ではないという事が
分かった。
彼は蘇生したのち仙台に移り、逓信省に入省して、仙台逓信管理局工務部長まで勤めた大先輩である。

唯一生き残り、どれほど辛く苦しい思いをしたかわからないが、会津から仙台に移住するほどであった
ということだとは思われる。しかしそれでも彼のお陰で白虎隊の姿が伝えられてきたのは事実で
それは大きな役目だったと言えるのではないだろうか。
               
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