ドリームピックのウクレレ日記

ウクレレとヨットの大好きな「お腹の大きなオヤジさま」
dreampicのウクレレ日記。

誕生日ウィークの鎌倉ハイキング2

2015年09月22日 23時12分15秒 | 鎌倉・逗子・藤沢・湘南


大町交差点の先、滑川に架かる夷堂橋のたもとにある、昔はお米屋さん
だったと家人が言う「谷口屋」は甘味処ながら、“おにぎり”も各種扱う
ところをみると、まだお米屋さんは廃業して居ないようだ。
案の定、ネットで調べると谷口屋さんは大正時代からのお米屋さんだった。

娘は朝を食べていないので握り飯1個、家人はクズキリ、私はアイスクリーム
をそれぞれ注文。沢山席はないが、なんか落ち着く空間でホッと一息。





甘味処の先を北上し、私の歯医者さん原歯科を過ぎて右折、再び滑川を渡る。
この橋「東勝寺橋」(大正13年)というが鎌倉では珍しいアーチ構造の橋。
道路を歩いていたら絶対に気付かないが、橋の袂から急な坂を注意しながら
降りて行くと、アーチ構造が確認出来る。対岸から見ればもっと安全に確認
できたのはあとで知ったが。

ここも滑川が何故“なめりかわ”というのかがはっきり分かる川底である。
実に澄んだ水の色で、なめるように流れる川である。見たとおり、鎌倉の
岩盤の上を流れているのが良く分かる。これで、雨が降っても水が濁らない
なめるように流れるから滑川とか、琴の音色のような川音だから琴弾橋と
呼ばれる橋があったりとかのいわれが良く分かる。



この橋を渡って暫く行くと、東勝寺跡の草むら。家人はここの発掘調査を
子供の頃に見たことがあると言っていた。義父は歴史学者だったからね。
東勝寺跡と看板が無ければ、只の草むした空き地である。発掘調査をした
ならその形跡とか何か残せないものかね。レプリカ展示でもいいのに。
これじゃ、世界遺産にアピールは難しいだろうと思うね。

この東勝寺で北条高時が一族とともに自害して鎌倉幕府は滅亡した。
この先に一族のやぐら(鎌倉特有の墓所)がある。
このところの長雨で地面はぬかるんでおり、しかも平たんではなく、ハイキ
ングコースの入り口に近い場所で、泥の道は踏み荒らされていて滑りやすい。
家人と娘は、近くまでは行けないというので、私一人でやぐらのそばまで
行ってみた。





北条一族のゆかりのものでない私が来てはいけない雰囲気の場所ではあった。
しかし、日光東照宮のように徳川家の人間でないとこの先は入れません、と
いうこともないため、ハイカーが何人も覗いていた。

やぐらの中には色々と置いてあったが、あまりじろじろ見るもんじゃないと
思い引き返した。
あとで写真を見ると、卒塔婆があり高倉健の名前があった。確かに彼は北条家
の縁者で、お墓参りは鎌倉に来るとテレビで見たことがあった。

このあと、寶戒寺へ行くのだがそれは次回に

つづく
コメント
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