世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

夢はでっかく!オレの行くとこ世界晴れ

のんびりゆっくり世界旅

タビストが地球をを歩き、人生を語る

深夜の執筆生活

2018年05月14日 | 100の力
このところ出づっぱりが続いていた。

外泊もしばしば。

どこが我が家だかかわからない。

なかなか書斎の椅子を温める暇がない。


来月早々から、またベトナムだし。


このところ、

「アトミグローバルビジネス」の推進、

「笑いヨガ」イベントの準備の合間を縫って

執筆作業を進めている。


やっと一昨日あたりから腰を落ち着けて執筆に取り組めるようになった。


     友達からもらったフィリピン産のブランデーを飲みながら執筆中

執筆は深夜に及ぶことが多い。

といっても、目下のところ調べ物が大半だが。

インプットしなければアウトプットできないから。


お陰で、

なかなか見いだせなかった本の構成がおぼろげながら見えてきた。

ここからは一気に筆が進むだろう。


自分を含め

超高齢化社会、長寿社会を迎えるにあたり、

これまでの老人の常識を完全に覆さなければならない。

この国を救うために。


それが自らに課した課題なのだ。

でなければ、

この国は沈んでしまう。


嘆いてばかりはいられないのだ。


なんとか、

最後の(?)ご奉公をしなければならない。


人生の集大成としても。


まさに命を懸けた人体実験でもある。

自分自身が、

常識を覆す生き方を曝け出さねばならないから。


そもそも、

穏やかな余生などはボクには似合わない。


最後まで

ハラハラドキドキ、

ワクワクソワソワで生きたい。


老後、余生、引退などという文字とは無縁である。

そもそも、

老後も余生も英語にはない。


高齢者に前期も後期もないはずだ。

単に制度上の言葉に過ぎない。


ましてや、

人生に余りなどはない。

死ぬまで人生は続く。

死ぬまで本番であることに変わりはない。


老後や余生といった言葉自体、

もう終わりです、諦めなさい、おとなしくしていなさいと言わんばかり、

厭世的ニュアンスを感じさせる。


青春があるなら、「老春」があってもいい。


棺桶に足を突っ込むまで、

真剣に、必死に、精一杯生き抜いてみせる。


それが俺の生き様だ!!

氣愛充実。





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