観に行きました、今回は写真がほとんど無く、文章が主のブログとなります
『さよならクルテク上映!「もぐらくんのさいごのごあいさつ」』は、2018年8月19日(日)UPLINK渋谷で開催されました
UPLINK渋谷HP
さよならクルテク上映! 「もぐらくんのさいごのごあいさつ」 ~1部2部合わせてクルテク作品26作品220分一挙上映!~ ttp://www.uplink.co.jp/event/2018/51496
クルテクは、チェコのアニメーション監督ズデニェック・ミレルが、もぐらくんのクルテクを主人公にしたアニメーション作品です
クルテクは2018年8月末で上映権切れになり、日本国内では上映、放映、DVD販売ができなくなるそうです
東京での上映は5月のユジク阿佐ヶ谷で最後のはずだったのですが、チェコノーリパブリックのライブが中止で会場が空きになったので急遽開催されることになったそうです
ユジク阿佐ヶ谷「チェコアニメの夜2018スーパーゴールデンウィーク!」に行く その1 2018年5月1日(火)、6日(日)
ユジク阿佐ヶ谷「チェコアニメの夜2018スーパーゴールデンウィーク!」に行く その2 2018年5月10日(木)
ユジク阿佐ヶ谷の上映は観に行けなかったので助かります
UPLINK渋谷
ここに来るのは初
UPLINK渋谷で開催されるチェコアニメ大晩餐会2018のチラシ
半券
日本で上映権のある全26本が1部、2部に分けて制作順に一挙に上映されます
作品は200本ほどあるそうですが権利関係が複雑なため、26本しか取得できていません
1部、2部それぞれに中休憩があり、最初、中、終わりに眞部学氏の解説がありました
以下に眞部学氏の解説をざっとまとめます、記憶だけで書いているので誤りがあったり、ニュアンスの相違などがある恐れがあるのでご了承ください
第1部 クルテクの小さな冒険編
権利を更新できない理由
数々の問題をクリアしてクルテクの上映権を取得したのですが、権利を持っているチェコの会社オーナーが、権利を会社ごと売却しついでに離婚してしまう、新オーナーは権利料を大幅値上げして、もう権利料を負担できないということで更新を断念した
1.『もぐらくんとズボン』(1957年/13分)
もぐらくん登場
第2次大戦後、チェコでは国策で今まで手がけたことのないアニメーションを始めることに、ミレルのアニメーションは海外で賞を取り、当局はミレルに次々とアニメーションを作らせることに、しかしはミレルはもぐらくんを主人公にアニメーションを作りたいと思っていました、もぐらくんは地下に住んでおり地上のことは全く知らない無垢な存在とし、好奇心旺盛で地上をいろいろと見て歩きます、しかし当局にはなぜもぐらなのか理解されませんで犬猫アニメを作るよう指示してきます
そんな時「麻でズボンができるまで」という教育アニメを作るよう指示がでますが断ります、話がつまらないからもぐらで好きなように作らせてくれたら作ると、どうしてもミレルに作ってもらいたい当局はこの条件を承認、作品は海外で賞をとり、もぐらくんは続けて作られることになる、他の作品ではいろいろな人に見てもらうため言語に頼らないよう台詞はありませんが、この作品では教育目的のため説明的な台詞があります
戦後の復興も成し遂げ、新しいものが続々と社会に登場してきます、もぐらくんも興味津々です
2.『もぐらくんとじどうしゃ』(1963年/15分)
3.『もぐらくんとロケット』(1965年/9分)
ソ連が宇宙ロケットを成功させます、早速プロパガンダするよう指示が出ますが、そんなのやらないという意思が感じられます
4.『もぐらくんとラジオ』(1968年/9分)
みんなと仲良くやっているもぐらくんがラジオをきっかけで孤立してしまうお話
テレビができて、テレビ放映用に作られるようになり尺が短くなってきました
ミレルも精力的に作品を発表そのため家庭は崩壊し離婚などの憂き目にあってしまいます
5.『もぐらくんとみどりのほし』(1969年/8分)
6.『もぐらくんとチューインガム』(1969年/8分)
7.『もぐらくんとどうぶつえん』(1969年/7分)
8.『もぐらくんのにわしごと』(1969年/8分)
9.『もぐらくんとはりねずみ』(1970年/9分)
はりねずみくんはいやなヤツなのですが人間につかまって危機になったときクルテクは助けに行きます
10.『もぐらくんとキャンディー』(1970年/9分)
11.『もぐらくんとテレビ』(1970年/6分)
もぐらくんのいたずらが過ぎて、毒殺の危機に
12.『もぐらくんとパラソル』(1971年/8分)
第2部 さよならクルテク編
13.『えかきのもぐらくん』(1972年/10分)
14.『もぐらくんとおんがく』(1974年/6分)
15.『もぐらくんのだいすきなでんわ』(1974年/6分)
16.『もぐらくんとマッチばこ』(1974年/6分)
17.『かがくしゃのもぐらくん』(1974年/6分)
18.『そらとぶじゅうたんともぐらくん』(1974年/6分)
19.『もぐらくんのとけいやさん』(1974年/6分)
20.『もぐらくんとブルドーザー』(1975年/6分)
もぐらくんの森が道路建設のためブルドーザーで切り開かれていきます、どうすれば丸く収まるの
21.『もぐらくんとひよこのたび』(1975年/6分)
22.『もぐらくんのしゃしんやさん』(1975年/6分)
23.『もぐらくんとびっくりおめん』(1975年/6分)
24.『さばくのもぐらくん』(1975年/6分)
25.『もぐらくんとクリスマス』(1975年/6分)
いよいよ最後、ミレルは賞を多数受賞し政府公認の名手となります、だが自由を感じたことはないと言います、そんなミレルの心境が現れた長尺作品です
26.『まちにいってしまったもぐらくんたち』(1982年/29分)
ミレルはこの作品で最後にするつもりでした、しかしクルテクを続けて欲しい政府はミレルの妻(再婚)、娘を使って続きを作るように説得させます
この後もミレルは2003年までクルテクを作り続けます、ここから娘が製作に入り、娘にも権利料を払わなくてはならないので、アット・アームズでは権利取得はしないそうです
ソ連崩壊をきっかけとして東欧諸国にも民主化の波が訪れ混乱の時を迎えます、ポーランドは特に悲惨で大統領が処刑されてしまいます、しかしチェコでは議会の話し合いで平和的に民主化となります、国民みんながクルテクを観ていて優しい気持ちであったため成し遂げられたことだと眞部学氏は考えております
クルテク権利取得前史 眞部家の激震、マジンガー対ハイジ
眞部学氏の父はアットアームズ社長でアニメにこだわりのある人でした、眞部学少年がマジンガーを見ているとヴァイオレンスな描写にいろいろと文句を言ってきますが、次の番組ハイジが始まると一転して大絶賛します、そんなある日チェコアニメのことを聞きつけた眞部父は、視察のためチェコに赴きます、のびのびとマジンガーを観れると喜んだのもつかの間、入国できずすぐに戻ってきて眞部学少年の目論見は潰えます
時は移り、父親の計略で前職を退職しアットアームズに入社、年収も1/3に減少した眞部学氏は、チェコアニメ権利取得のためチェコに行って交渉したり、書道を教えたりで奔走します、そしていよいよ権利料支払いになると眞部父は渋ってきます、それをまた説得して、ついに権利を取得します
グッズ戦略
こうして多大な労力と金額をかけて権利を取得したのですが、映像作品の興行収益だけでは、回収は難しく、そのためグッズの売り上げで費用を回収することに、上映権は切れましたがグッズの権利はまた別なので継続して販売できます、チェコの玩具メーカーの商品を輸入販売して、チェコの玩具メーカーなどを通して、上映権の交渉をするそうなので、将来クルテクがまた見られるようになったら眞部学氏の苦労に思いを馳せてみてください
文をいっぱい書いて疲れました、もっと知りたい人は上映に行ってお話を聞いてください
では、また
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