ハイ、皆さん、今日は詩人です 西山寮のお話 2018年9月
金澤 ひろあき
ハイ、皆さん、こんにちわ。残暑があるものの、朝夕は涼しく過ごしやすくなりましたね。皆さん、お元気そうでなによりです。
先日、奈良から天理経由で和歌山線に乗りました。吉野や高野山の近く、山沿いを走ります。山の中は一足早く秋が来て、すすきの穂がいっぱいでした。今月の句はその時のものです。
すすきの穂吉野口から高野口 ひろあき
吉野口は奈良県の吉野山の入り口。高野口は高野山の入り口です。
では、皆さんの俳句、拝見しましょう。
夏の球児汚れあるほどドラマあり 樋口 聖記
夏の高校野球、今年は秋田の金足農業の吉田投手を中心にもりあがりましたね。ユニフォームが汚れるぐらい激しいプレーをする姿。しっかり感動をとらえ伝えておられます。
ご先祖は皆歳下よ迎鐘 中野 硯池
いや、長生きしたなという声が聞こえてきます。お盆の時の実感ですね。ご先祖様が生きた時代は、「人生五十年」。今は「八十年を越える」時代です。そのぶん、少子高齢化が心配ではありますが。
ありんこの行列忙し夏来たる 野原 加代子
暑い中、ありは元気に働いていますね。ありの行列、けっこう長く続いたりもします。
小林一茶の俳句に「ありの道雲の峰より続きけり」というのがあるくらいです。雲の峰、つまり入道雲の立っている所から続いているという大きな表現です。
何気なく語る友あり草の花 宮崎 清枝
今回の宮崎さんの句、ほっとしますよ。こういうお友達に恵まれるしあわせを思います。
梅干して匂ひし香より物もなし 奥田 一枝
土用干しと言って、土用の暑いときに、つけた梅を干すのですね。北野の天神様などで例年やっておりますね。干した梅の香りに包まれて・・・という情景が目に浮かびます。
能勢 忠三さん、楽しいエッセイありがとうございます。双葉山は、江戸時代の雷電に並ぶ最強の横綱と称されています。
一年を二十日で暮(すご)すよい男 能勢 忠三
今から七五、六年前、昭和十三、四年の大相撲は年二回。春夏の二場所、一場所十一~三日間。
当時天下無敵とうたわれた大横綱双葉山六十九連勝。其の双葉山が今日前頭安藝ノ海(あきのうみ)と対戦、蔵前国技館は割れんばかりの大声援。行司軍配が返った立ち上がった。前の宵に安藝ノ海のお母さん、神仏に願をかけ、どうぞ安藝にと祈りつつ、朝門出に半紙につつんだお守りをわたした。勝負がついてから開けてや。それまでは大事にな、よいか・・・母の祈り、土俵は四十八手、裏表死力をつくして熱戦。軍配は安藝ノ海に。館内はソーゼンとしてバンザイ、バンザイ。夢の様や、遂に六十九連勝で止まった・・・。 関取は母の恩海よりも深く、山よりも高く、さぞ血涙を流さんばかり、母親の祈祷守。お守りさんをこわごわ開けてみた。おどろくなかれ。中からは三つ葉がでてきた。
いかなフタバ(双葉山)も三つ葉にはかなわんわい。
なぞなぞも楽しいですね。
むつかしい英語の手紙とかけて
にくい姑嫁婆さんと解く。
心は 嫁めにくいじゃないかいな 能勢笑人
「嫁にくい」=「読めにくい」。うまいなあ。
金澤 ひろあき
ハイ、皆さん、こんにちわ。残暑があるものの、朝夕は涼しく過ごしやすくなりましたね。皆さん、お元気そうでなによりです。
先日、奈良から天理経由で和歌山線に乗りました。吉野や高野山の近く、山沿いを走ります。山の中は一足早く秋が来て、すすきの穂がいっぱいでした。今月の句はその時のものです。
すすきの穂吉野口から高野口 ひろあき
吉野口は奈良県の吉野山の入り口。高野口は高野山の入り口です。
では、皆さんの俳句、拝見しましょう。
夏の球児汚れあるほどドラマあり 樋口 聖記
夏の高校野球、今年は秋田の金足農業の吉田投手を中心にもりあがりましたね。ユニフォームが汚れるぐらい激しいプレーをする姿。しっかり感動をとらえ伝えておられます。
ご先祖は皆歳下よ迎鐘 中野 硯池
いや、長生きしたなという声が聞こえてきます。お盆の時の実感ですね。ご先祖様が生きた時代は、「人生五十年」。今は「八十年を越える」時代です。そのぶん、少子高齢化が心配ではありますが。
ありんこの行列忙し夏来たる 野原 加代子
暑い中、ありは元気に働いていますね。ありの行列、けっこう長く続いたりもします。
小林一茶の俳句に「ありの道雲の峰より続きけり」というのがあるくらいです。雲の峰、つまり入道雲の立っている所から続いているという大きな表現です。
何気なく語る友あり草の花 宮崎 清枝
今回の宮崎さんの句、ほっとしますよ。こういうお友達に恵まれるしあわせを思います。
梅干して匂ひし香より物もなし 奥田 一枝
土用干しと言って、土用の暑いときに、つけた梅を干すのですね。北野の天神様などで例年やっておりますね。干した梅の香りに包まれて・・・という情景が目に浮かびます。
能勢 忠三さん、楽しいエッセイありがとうございます。双葉山は、江戸時代の雷電に並ぶ最強の横綱と称されています。
一年を二十日で暮(すご)すよい男 能勢 忠三
今から七五、六年前、昭和十三、四年の大相撲は年二回。春夏の二場所、一場所十一~三日間。
当時天下無敵とうたわれた大横綱双葉山六十九連勝。其の双葉山が今日前頭安藝ノ海(あきのうみ)と対戦、蔵前国技館は割れんばかりの大声援。行司軍配が返った立ち上がった。前の宵に安藝ノ海のお母さん、神仏に願をかけ、どうぞ安藝にと祈りつつ、朝門出に半紙につつんだお守りをわたした。勝負がついてから開けてや。それまでは大事にな、よいか・・・母の祈り、土俵は四十八手、裏表死力をつくして熱戦。軍配は安藝ノ海に。館内はソーゼンとしてバンザイ、バンザイ。夢の様や、遂に六十九連勝で止まった・・・。 関取は母の恩海よりも深く、山よりも高く、さぞ血涙を流さんばかり、母親の祈祷守。お守りさんをこわごわ開けてみた。おどろくなかれ。中からは三つ葉がでてきた。
いかなフタバ(双葉山)も三つ葉にはかなわんわい。
なぞなぞも楽しいですね。
むつかしい英語の手紙とかけて
にくい姑嫁婆さんと解く。
心は 嫁めにくいじゃないかいな 能勢笑人
「嫁にくい」=「読めにくい」。うまいなあ。








