湯治庵の日々

癌・頑強・爺・自律・自由・自在

食堂ー2

2007年11月30日 | 湯治庵の日々

              その後のホームズ彗星  S・ドクター撮影07.11.29

ナターシャ・・・?」
ガンジーは記憶をたどったが思い出せない。

ナターシャは先ほど帰りました。何か御用ですか?」
インターホーンから抑揚を抑えた声が響いた。

「ガンジーよこの湯治庵玄関で
””おば様ご無沙汰いたしております””
と挨拶したろう・・・」

「そのようにお呼びいたしましたが、なにか不都合でも・・・」

「これからは””ナタリーナさま””と呼べ」

「ハッ 今後そのようにいたします」

「自立と共生」http://www.tetsuaki.net/
ドキュメント―Ⅱ http://www.tetsuaki.net/op-document-2.html

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食堂ー1

2007年11月29日 | 湯治庵の日々

「ところでガンジーお前のその立派な体のサイズは?」
「ハッ、身長172センチ、体重76㌔で胸囲100㌢でございます」

「う~ん立派じゃのう、しかしそれではアルコバサ修道院の食堂の扉どころか、
ワシの家のリビングの出入り口も無理のようじゃな・・・」

「・・・エ-ッ、父からそのようなことは聞いておりませんが!」

「兄はまだらボケがはじまったのかもしれん、それとも愛の鞭?」

「ナターシャ、ナターシャ!」
テリーはインターホンに向かって叫んだ。

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ドキュメント―Ⅱ http://www.tetsuaki.net/op-document-2.html

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3度目は無い・・・

2007年11月28日 | ガン手術・ドキュメント

                 体内の出血を吸い出す袋と点滴麻酔ポンプ

手術ドキュメント-Ⅱはこれで一旦終了します
HP「自立と共生」http://www.tetsuaki.net/をご覧ください。

患者の私はドキュメントを繰り返し読み、そのつど脂汗が出てくる緊迫の手術ドキュメントーⅡです。そんなに先に行かないうちに、私自身が理解するドクターの手術シュミレーションを指導を受けながら何らかの画像で表現したいと思っています。

現在(11月15日)退院し自宅で療養中。
自宅で以下の療養を実行中。

1-抗がん剤中止(ドクターと相談の上)
2-散歩の中止(退院後1ヶ月間)
3-(湯治)日に3回の入浴1回30分、湯温度41度
4-24時間腹巻

5-1日10時間以上横になる(睡眠も含)
6-7分つき米飯主食。野菜中心納豆、ねぎ、のり、鰹節、大根おろし・・
7-肉、魚介類禁止。アルコール類禁止
8-ウコン(肝臓)。擂り粉末ショウガ入り紅茶日に3回
9-お菓子(あんこ、ようかん、飴などの甘味類禁止
10-面会謝絶(退院後1ヶ月間)

2度の入院、手術を経てドクターのお話しを聞く時間を多くもてたことは幸いだった。
ガンと真正面から闘うということは、つまり己と闘うということだとあらためて感じた。

1度、2度と緩んだ心身に背後からガンに「忍び込まれた!」との認識だ。
今後徹底した自己管理をする。3度目は無い!

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手術ドキュメントⅡ-11

2007年11月27日 | ガン手術・ドキュメント

 

肝がんのマイクロ波治療 成功
治療後2週間 ー   凝固巣(ガン) CT画像  2007,11,22撮影



肝臓転移 凝固巣8ミリ CT画像
 

肝臓転移 凝固巣15ミリ  CT画像

医師は患者さんに育てられます。
多くの経験をさせていただき、その中から技術と知識を修得していきます。
若い医師たちにも、どんな高価な教科書や学会の講演よりも、
目の前の患者さんが本当の教科書であると話しています。

今は何でも簡単に活字になりますし、学会や研究会、医学雑誌など沢山溢れていて、更に業界が絡んできていて、そこで述べられて居ることが本当に正しいのか,
真実なのか?

しかし目に前の患者さんの事実は嘘がありません。
私達にとって最良の教科書なのです。

同じ手術はありませんので、全ての手術は初めてということになります。
確かに今回の手術は場所の関係で難しい手術だったと思いますが、それをさせて頂いて、また私は成長できた、貴重な経験をさせていただいたと思っております。

医師は患者に育てられる、とはこのことです。
感謝申し上げるのは私のほうだと思っています


公立富岡総合病院 外科 S・ドクター   記

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手術ドキュメント-Ⅰ      手術ドキュメント-Ⅱ

「自立と共生」http://www.tetsuaki.net/

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ポルトガル、アルコバサ修道院の扉

2007年11月26日 | 湯治庵の日々

テリーはガンジーを呼んだ。
頭の先から足の先まで一瞥すると言った。

「ガンジー、この世界遺産アルコバッサ修道院では、
大食堂に入るのにはきわめて狭い扉をくぐらないと入れないような構造になっている。
この清貧の教会の修道僧は最盛期1000人。
>>デブは万病の元<<と言われている。
3日も絶食すれば入れるのだろう・・・」
テリー様・・・もっと体型を絞れとおっしゃるのですか?」

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手術ドキュメントⅡ-10

2007年11月26日 | ガン手術・ドキュメント

 

術後1週間で退院、CEA2.2と低下しており、そっと胸をなでおろすことが出来た。
こんなに順調に経過したのは、Mさんの驚くべき基礎体力と、精神力の強さに他ならない。
我々外科医は、自分の手で病気を治せるなどと、高慢な思いを持ってはならない。

長時間の手術をおこない、大量の出血を伴う手術を行なって、全て摘出したと、意気揚々と語る外科医がいるが、
敵は細胞のレベルで毛細血管、毛細リンパ管と構造を成して行動している。

どんなに視力が良くても細胞の見える外科医は居ない。
要は目に見える病巣に対して、そのようなミクロの世界を考えつつ、
患者の負担を最小限に抑えた方法と技術で、
謙虚に対峙するという態度が必要と考えている。

人間には自らの病気を治癒させる力がある。
免疫である。
医学はその力のお手伝いをしているだけなのだという謙虚な心を失ってはならない。

公立富岡総合病院 外科医S・ドクター 記録・ドキュメントから引用。

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手術ドキュメントⅡ-6.7.8.9

2007年11月25日 | ガン手術・ドキュメント

手術ドキュメント-Ⅱは  「自立と共生」 HPにも掲載
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手術ドキュメントⅡ-6
あらかじめCTでマークした右第8肋間で開胸開腹した。機械で呼吸しているため定期的に肺が拡張してくる。
喫煙をされないMさんの肺は綺麗なピンク色であった。横隔膜を切開しその断端と胸壁を縫着して視野を確保すると肝臓の右葉が直下に見えてくる。電機メスを用いて後腹膜から肝臓を脱転していく。すべて術前のsimulationの如くである。右副腎と肝臓皮膜を切離し、肝臓の下方および右側からか下大静脈に迫る。

次第に肝臓から直接下大静脈に注ぐ短肝静脈が見えてきた。太さ1~2mm、長さは3mm程度しかない。損傷すれば大出血を招く。
慎重に5-0という細い絹糸で肝臓側、下大静脈側も2重結紮して切離する。これらの操作を5~6本の短肝静脈に行なって、尾状葉と肝臓右葉を脱転し、ようやく目的の視野を得た。ここまでに1時間半を要した。

手術ドキュメントⅡ-7
出血はほとんどゼロ、ここでようやく病巣を触知できた。しかし剥離面には露出していない。そこで超音波診断装置を使い病巣を観察した。
15mmの病変は下大静脈からは剥離されているが、右及び中肝静脈に接しており、きわどい場所にある。超音波ガイド下に先に述べたマイクロ波凝固治療用の電極を穿刺した。

出力60Wで凝固開始、超音波で穿刺された転移巣とそれに接した肝静脈に流れ出るmicrobubbleが鮮明に映し出された。

マイクロ波は電子レンジと同じ原理で2450MHzの電波で水分子を振動させて加熱する誘電加熱という原理を利用している。
熱せられた水分が小さな気泡になって超音波装置で光って見える。すなわちmicrobubbleが発生するのはそこが100度に加熱されていることを示している。

 

手術ドキュメントⅡ-8
100度で生き残る癌細胞はないはずである。問題は病巣が肝静脈に接しており、血管の内腔は37度の血液が絶えず流れているので、その部位が冷却されて血管に接している癌細胞が生き残ってしまう恐れがあることである。

血管壁が多少凝固されても周囲に組織があれば破綻出血しないという前提で、血管の一部が凝固されるように、15mmの病巣では5分程度の凝固で十分なところを30分の凝固を行なった。
これ以上では肝静脈壁が破綻して大出血をおこし致命的となる限界近くと考えられた。

           15ミリ転移巣(ガン)

凝固を終了し、次に尾状葉の8mmの病は15mmの針状電極を用いた。
この病巣も下大静脈からは剥離したが、前方は門脈の右本幹が接している。
また尾状葉から胆汁を誘導する胆管の尾状葉枝があるはずである。

小さいが一つ目の病巣以上にきわどい場所であった。
5分の凝固治療を行ない、出血および胆汁漏出のないことを確認して治療を終了した。
しかしその時に出ていなくても後から胆汁が漏れでる可能性は否定できない。

血液は凝固するが胆汁は凝固することはないからである。
そういう事態がもし起こっても重篤な状況にならないようにドレーン(軟らかい誘導用の管)を留置して閉胸閉腹して手術を終了した。

                 8ミリ転移巣(ガン)

手術ドキュメントⅡ-9
3時間3分を要した。確かに緊張の時間であった。
5月の摘出手術と比べて解剖学的に複雑な部位にあったこと、複数の転移巣であり、目に見えない小さな病巣が他の部位にも存在するのではないか?という懸念が消せないことがより緊張をさせた気がしている。

術後の経過は予想よりはるかに順調であった。
手術翌日の11月9日、金曜は外来診察の日である。

朝8時30分に始まると夜7時くらいまでは缶詰め状態となるので、朝早くに病室を訪ねて、私は驚いてしまった。

Mさんは3時間におよぶ手術を受けられたとは全く思えないほどのお元気な表情でベッドに座って居られた。
知らない人がみたら、手術を受けたとは考えられない、全く普通の表情をしておられ、私は繰り返しびっくり仰天してしまった。 
 
手術の翌日朝、B棟ベットにて撮影

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ガンジーが出現した日・・・

2007年11月24日 | 湯治庵の日々

春うららかなある日のことだった。

「おじ様!テリー様!!」

玄関の方からけたたましい大声が聞こえた。

「誰か来た様だ・・・」

「は~い」
テリーの妻が坂になっている廊下を小走りに駆けていった。
ガンジーは予告もなく訪れ、この日からテリーの家に居候することになった・・・。
何故なのか、どういう関係なのか?は追々明らかにしてゆく。

ところで最近めっきり寒くなり外へ出るのを控えていたら、あのガンジーナ(雌犬)の便りが飼い主から届いた絵を見てくださいこの姿。原油高のこのご時世に・・・
ネコではなく本物の犬なのです


さてこのブログの、健康の記録はHP http://www.tetsuaki.net/へ。
今までの「テリーの散歩道」はカテゴリ「テリーとガンジー」にまとめます。

ブログ左、中段に表示されるカテゴリ(分類書庫)をご覧ください。

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手術ドキュメントⅡ- 4 . 5

2007年11月23日 | ガン手術・ドキュメント


手術ドキュメントⅡ-4

しかし直感的にこれは治療可能と判断した。実際のアプローチは後で複雑なsimulationを必要とすることになるのだが、とにかくこの時点で治療可能と判断してMさんにそう報告した。
 念のために11月5日にPET検査を行い、この2箇所に他には明らかな異常のないことを確認し(図5)手術のためのsimulationを始めた。


スタッフが誰も居なくなったCT装置の前に座り、マウスを操作しながら、2次元の数十枚の画像から、頭の中で病巣と門脈、肝動脈、肝静脈、下大静脈との位置関係を3次元で構築し、そこまでの到達経路を組み立てていく。

いくつかの選択肢を組み合わせながら、最終的には左側臥位として肝臓を後腹膜から脱転し、下大静脈の前方の右2/3で肝臓を遊離させて2箇所の病巣に後面から迫る経路とした。
そのためには開胸し横隔膜を一部切開する開胸開腹経路とし、数本の短肝静脈を処理することが必要であった。

手術ドキュメントⅡ-5
そして実際の治療はマイクロ波凝固治療とした。肝臓に対するマイクロ波凝固療法は1989年、私が大学で動物実験をしていたときに、当時大阪にあった平和電子という会社に依頼し、実際に前橋まで開発技術者に来てもらい、肝臓病巣を球状に凝固壊死させる電極を作ってもらった。直径3cmの球状に凝固壊死させるために20分以上の長時間出力が必要であった。

最初は電極が解けてしまい失敗の連続であったが、メーカーの熱意で素材を色々と変更して今現在使用している涙的型電極の製作にこぎつけたのだった。(図6)

Mさんの手術は11月8日に決めた。当日は9件の定期手術が予定されていたが、朝になって十二指腸潰瘍穿孔の緊急手術が入った。9件の手術を全て終え、10人目のMさんの手術が始まったのは16時を過ぎていた。持続硬膜外麻酔カテーテルを背中側から留置後、気管内挿管による全身麻酔後、左側を下にした左側臥位をとり、執刀開始。

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手術ドキュメントⅡ-3

2007年11月22日 | ガン手術・ドキュメント

手術ドキュメントⅡ-3

Mさんの副作用は、化学療法直後の倦怠感と長期的に持続した痺れなどの知覚異常であったが、日常生活において許容範囲とのことでしたので、術後半年間の予定で継続して行なった。

しかし定期検査のCEAが微妙に上昇してきた。

10月19日の検査で、その値は4.6と正常範囲(5以下)ではあったが、従来の値の推移を見れば有意だったのである。

11月2日の検査でCEA5.5。
これは明らかに異常でありMさんにお話をし、CT検査を行なった。
結果は肝転移であった。

5月の手術後、転移しないことを祈ってきたが転移が現実のものになってしまった。それも肝臓の尾状葉と言われる肝門部(血管や胆管の出入り口)と下大静脈に挟まれた場所と、右および中肝静脈と下大静脈に挟まれた部位の2箇所であった。

大きさこそ8mmと15mmと小さいが、多発であること、解剖学的に部位が深部でかつ犠牲にすることの出来ない大切な血管に接しており、大変な場所だった。

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手術ドキュメントⅡ-2

2007年11月21日 | ガン手術・ドキュメント
手術ドキュメントⅡ-2

補助化学療法の効果は科学的には証明されていないが、近年効果が予想されるとして試験的に始まっている。

Mさんもこのような考え方で、塩酸ゲムシタビン(商品名ジェムザール)とS-1(商品名TS-1)を用いた補助化学療法を開始した。

しかし現在使用できる抗がん剤は、癌を治癒させる効果はない。切除不能や遠隔転移した癌が、一時的に縮小すれば、“有効”と判断され、例えば有効率60%というのは、一時的に有効であった人が全体の60%居たという意味である。

患者さんの多くが、60%の人が治ると誤解しており、これは我々臨床医や製薬メーカー、化学療法学会の説明不足とマスコミの不正確な過大評価が原因となっている。さらに補助化学療法に関しては、評価する対象は眼に見えないので、効果判定は不可能である。

したがって補助化学療法で我々臨床医が最も注意すべきは副作用の発現と、判定不能の予防効果の評価である。


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手術ドキュメントⅡ-①

2007年11月20日 | ガン手術・ドキュメント

患者である私は、主治医S・ドクターのお許しをいただき、2度目肝臓転移ガン手術のドキュメントを公開いたします。最初のガンは今年5月11日発覚のガンの王様といわれる膵臓ガン(ドキュメントⅠ)でした・・・

            手術ドキュメント Ⅱ

            公立富岡総合病院 外科医 S・ドクター 記 2007.11.17

 膵臓がんは、発見された時点で、切除可能なケースは1~2割と言われている。
幸なことにMさんの膵臓がんは、発見された時点で大きさが6cmとかなりの大きさだったが、CT,PET検査で遠隔転移や周囲組織への浸潤もなく、
517日切除が行なわれた。

術前高値であった血中腫瘍マーカーのCEAも速やかに低下し順調な経過と考えられた(図1)。

しかし目に見える癌は細胞の巨大な塊であり、目に見えない細胞レベルの行動は検知することが出来ない。そこで術後、抗がん剤治療を行なうことになった。

切除不能癌や遠隔転移を起こした癌に対する抗がん剤の治療を治療的化学療法と呼ぶのに対して、肉眼的にはきれいに切除できたが、ミクロレベルでの転移の可能性が否定できない、いわゆる病期(ステージ)II以上の術後に行なわれる抗がん剤治療を補助化学療法と呼んでいる。

              図ー1

            腫瘍マカーの変動グラフの内訳

膵臓がん発覚   5月11日 11.7  (膵臓内に4×6センチ大)
すい臓がん手  5月17日     (手術時間 1時間41分)
腫瘍マカー    5月24日 4.4
退院       5月31日     (退院入院2週間)

腫瘍マーカー      6月 3日 
2.9
腫瘍マーカー   7月13日  1.4
腫瘍マーカー   7月27日  2.3
腫瘍マーカー   8月10日 
2.0
腫瘍マーカー   8月24日  2.2
腫瘍マーカー   9月7日 
2.2
北海道への旅   9月19日~9月31日(ふるさと自動車12日間の旅)
腫瘍マーカー   10
月5日 3.1   CEAマ-カー上昇
腫瘍マーカー   10月19日 4.6
腫瘍マーカー   11
月 2日 5.5    肝臓に転移(8ミリ、15ミリ)

肝臓がン手術   11月 8日          肝臓がん手術(マイクロ波)
腫瘍マーカー   11月152.2   退院(入院 7日間)


 

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腫瘍マーカーの変化

2007年11月19日 | ガン手術・ドキュメント

            病棟から風景 妙義山方面
ガン発症の経過と血中腫瘍マーカー変化の記録。

腫瘍マーカー CEA 変化表 (5月~11月)
            月 日  腫瘍マーカー値

膵臓がん発覚   5月11日 11.7  (膵臓内に4×6センチ大)
すい臓がん手術  5月17日     (手術時間 1時間41分)
腫瘍マカー    5月24日 4.4
退院       5月31日     (入院2週間)

腫瘍マーカー   6月 3日 2.9
腫瘍マーカー   7月13日  1.4
腫瘍マーカー   7月27日  2.3
腫瘍マーカー   8月10日  2.0
腫瘍マーカー   8月24日  2.2
腫瘍マーカー   9月7日  2.2
北海道への旅   9月19日~9月31日(ふるさと自動車12日間の旅)
腫瘍マーカー   10
月5日 3.1   CEAマ-カ上昇
腫瘍マーカー   10月19日 4.6
腫瘍マーカー   11
月 2日 5.5    肝臓に転移(8ミリ、15ミリ)

肝臓がン手術   11月 8日          肝臓がん手術(マイクロ波)
腫瘍マーカー   11月152.2   退院(入院 7日間)

今回分かった確かなことは、9月後半の長旅(自動車移動1800キロ)が体力と免疫力を低下させ、ミクロのがん細胞に増殖の機会を与えたと考えられることだ。目に見えないがん細胞は体中に散り、今もスキを狙い出番を伺っているのだと自覚した。腫瘍マーカーの数字は正直だった・・・

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手術ドキュメントー6

2007年11月18日 | ガン手術・ドキュメント

5月17日は定期手術日であり7件の手術が予定されていた。
6件をすべて終え、最後にMさんの手術が始まった。
午後4時近くになっていたと思う。

手術は前もって頭の中で行った
simulation の如く順調に経過し、1時間41分、無輸血で終了した。昔であれば6~7時間かけて輸血をしながら行う手術である。CT画像と上で述べたハイテク機器のおかげで、安全、確実、迅速に出来ることは、手術を受ける患者さんにとっても、私たち外科医にとっても有難い時代になったと感じている。
 
2007年5月17日 午後3時50分開始。
手術所要時間 「1時間41分」終了  公立富岡総合病院外科 S・ドクター記

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手術ドキュメントー5

2007年11月18日 | ガン手術・ドキュメント

次に、膵臓の切断線は上腸間膜動脈の右縁なので、この動脈の腹側を、膵臓の背側を走る脾静脈とともに後腹膜から剥離して、先に決めた切離線で切断する(図5)。

 
これにはstapling device と呼ばれる縫合と切離を瞬時に行うことができる道具を使用する。
この段階で腫瘍を栄養する血管がすべて遮断切離され、手術操作による癌細胞の飛散を防ぐことが出来る(non touch isolation method)。

あとは周囲組織から harmonic scalpel と呼ばれる高速微振動の摩擦熱で蛋白凝固させて組織離断をおこなう道具を用いて、膵臓、脾臓、所属リンパ節を一塊として摘出して手術が終了する。
という工程を前もって頭の中でsimulationすることが出来るのである。

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