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NPO法人「ドネーションシップわかちあい」事務局ブログです

ふくしま<疎開裁判>に注目ください

2012-08-07 10:13:03 | 原発・放射能
※こども福島ネットMLからの情報です。
低線量の被曝環境で暮らしている福島の子どもたち14人が、
年間1ミリシーベルト以下の環境で教育を受けることを求めた
<疎開裁判>の動きです。

昨年12月16日に福島地裁郡山支部は、
「100mSv以下では健康被害が確認されていない」として原告の訴えを却下。
今年の2月29日に保護者らが仙台高裁に上告していました。
それが異例の展開で、一審判決が見直される可能性があるということです。

核保有国、核開発国はこれまでずっと、
低線量被ばく、内部被ばくの影響をないものにしてきました。
それが「100mSv以下では健康被害が確認されていない」という見解です。
その見解によって、ヒロシマ、ナガサキ、ビキニ、チェルノブイリ、、、、、
人々のいのちや人生はずっとふみにじられてきました。
低線量の被ばくによる健康への影響はないものにされてきました。
(病気と被ばくとの因果関係は証明されないとされてきました)

いま、福島原発事故で広範な地域に放射能汚染が広がっているなかで、
国も行政も裁判所も、同じことを繰り返しています。繰り返そうとしています。
言い尽くされたことですが、
原発事故前は、一般人の被ばく限度は年間1ミリシーベルトでした。

>どうか、皆さん、5年、10年後に子どもたちの深刻な健康被害が明らかになってから
>「子どもを守れ」と声をあげるのではなく、今ここで声をあげて下さい。


という福島の声を聞いて下さい。
核保有国や原子力産業の意向に沿って
低線量の被ばくリスクを無視・軽視するのではなく、住民のいのちを守る。
そのために何が必要か、何が出来るのかを考えて実施する。
それが政府の役割です。
原子力利権より、住民の暮らしと人生、いのちの方が大事なのです。

国や原子力産業の利権や権力から独立し、公平公正に客観的に事実を判断する。
それが本来の裁判所の役割です。
ふくしま<疎開裁判>に注目ください。

核と人類は共存できない。
幾度ものヒバクを経験してきたこの国が、
いま世界にむかって果たすべき役割がある。
そう思っています。(さき)

(関連記事、こちらもご覧下さい↓)
●福島の子どもたちから甲状腺の異常が見つかっていることに海外で反響
http://blog.goo.ne.jp/donationship/e/488446923813f678e057301d9395a0ee


(以下、情報紹介)
=================================================

<疎開裁判HP>から
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/08/blog-post_6.html
2012年8月6日月曜日【提訴以来最大の転換点】
二審の仙台高裁「審尋期日を設ける」と決定(8.3)

8月3日,仙台高裁から原告に対し,
当事者双方を裁判所に呼び出す審尋期日の指定の連絡が入りました。
仮処分事件の二審では、書面審理だけで結論を出すのが普通で、
もし一審の判断通り原告を負かすのであれば審尋期日を設ける必要はありません。
ということは審尋期日を開く目的は、
形式的な理屈で低線量被ばくの危険性を否定した一審判決を見直すためという可能性があります。
これは疎開裁判始まって以来最大の転機です。
そして、判決見直しの可能性を現実のものにするかどうかは
ひとえに「子どもを守れ」という多くの市民の皆さんの声にかかっています。

どうか、皆さん、5年、10年後に子どもたちの深刻な健康被害が明らかになってから
「子どもを守れ」と声をあげるのではなく、今ここで声をあげて下さい。
そして、ひとりひとりの小さな声を「つなげて」大きな声にして裁判所に届け、
裁判所が勇気ある判断に踏み出せるように、みんなで力強く支えましょう。


******** 以下、その詳細です *********

8月3日,仙台高裁から原告弁護団に対し,「審尋期日を設ける」という連絡が入りました。その結果、9月19日以降に(現在、日程を調整中)、原告側と被告側の双方が裁判官の面前で、1時間の予定で意見や主張を述べ合うことになりました。

本件のような「仮の地位を定める仮処分事件」では,第一審の裁判所は,原告側と被告側の双方が立ち会う審尋期日を設けて審理を行うこととされています。しかし,第二審では審尋期日を設ける義務はなく,書面審理だけで裁判所の判断(決定)がなされることが普通です。
本件において,原告弁護団は当初から、仙台高裁に対し,「審尋期日を設ける」ように求めてきましたが(3月28日付申入れ),しかしこれが認められず書面審理だけで裁判所の判断(決定)が出される可能性は大きいと覚悟していました。ところが、予想に反して、仙台高裁は「審尋期日を設ける」と連絡をしてきたのです。

これは何を意味するかといいますと、もし仙台高裁が,第一審の福島地裁郡山支部と同様の形式的な理屈で原告らの申立てを退けようと思っているのであれば,わざわざ審尋期日を設ける必要はありません。余計な手間を減らすのが今日の司法の方針だからです。わざわざ審尋期日を設けたのには訳があります――仙台高裁は,原告らの訴えに耳を傾けて,本件の争点である低線量被ばくの危険性について,真剣に取り組もうと考えている可能性です。それはとりもなおさず、低線量被ばくの危険性を認めず避難を認めなかった第一審の判断(決定)を見直す可能性です(※)。届いたのは「審尋期日を設ける」という1枚の紙ですが、そこには裁判所の一大決意が込められています。

ふくしま集団疎開裁判は,新たな展開を始めました。
審尋期日を設けることを決断した裁判所の背中を押したのは,一方で、第一審の判断(決定)後に、低線量被ばくの危険性についてさらに、山内意見書、矢ヶ崎意見書(4)、松崎意見書をはじめとする用意周到な証拠資料の提出があったこと、他方で,この裁判を知り,関心を持ち,ふくしまの子供たちを見殺しにする第一審の決定に怒りを抱いた多くの市民の皆さんがいたことです。

もっとも、皆さんの中には、私たちは科学の専門家でも法律の専門家でもない、ただの一般市民だ、そんな者にどうして裁判所の背中を押すことができるのか?と不思議がる方がおられるかもしれません。
本来、裁判というのは「事実」を基礎として、最後の結論は「倫理(何を大切にするのかという価値判断)」によって出すものです。疎開裁判の結論を最終的に決めるのは「子どもたち以上に傷つきやすい存在、大切な存在、無条件に守られるべき存在はない」という倫理=人の道の有無です。では、倫理はどのようにして存在するものなのか。魯迅はこう言いました。「もともと地上には、道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」。倫理が実現されるかどうかは、ひとえに多くの皆さんがこれを支持する=人の道として認めるかどうかにかかっているのです。この意味で、皆さんひとりひとりの態度が疎開裁判の結論を決めるのです。

いま、原告弁護団は,審尋期日の場を裁判官を「説得」する絶好の機会であると考えて,どのような中身にするかの検討をスタートしました。
是非,ひとりでも多くの皆さんが,「いま危険にさらされているふくしまの子どもたちを守れ!」という倫理の声をあげて、倫理的判断の面から裁判官を「説得」し、疎開裁判最大の転換点である、きたる審尋期日の歯車を、皆さんと一緒にガラガラと回して、ふくしまの子どもたちの命の輝きを取り戻そうではありませんか。

そのために今年2月からスタートした世界市民法廷への評決(まだ評決をしていない方が沢山おられます)、そして、近くスタート予定のAVAZZの署名に、一人でも多くの皆さんが参加していただくことを切に願うものです。

(※)一般の民事裁判では、最高裁判所は書面審理だけで結論を出しますが、第二審の判断(判決)を見直す場合には、必ず口頭弁論期日(本件の審尋期日に対応するもの)を設けなければならないとされています。

***********************************
いま何をおいても真っ先に阻止すべきなのは、
福島の子どもたちの命を脅かす被ばくです。
このことを頭に叩き込んで、できることは全て取り組もうと思っています。

まず、以下の「山が動いた」ニュースの拡散をお願いいたします。
【提訴以来最大の転換点】二審の仙台高裁「審尋期日を設ける」と決定(8.3)
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/08/blog-post_6.html

7.27から、毎週金曜日の16時半より、文科省前で抗議行動をスタートさせ
ました。毎回、マスコミが決して伝えない福島の現状(惨状)を報告します。
是非、聞きに来て下さい。
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/08/blog-post_8740.html

疎開裁判に対し、皆さん自身が陪審員になって評決する「世界市民法廷の評
決」数もまだまだ少ないです。まだの方は、評決をよろしくお願いいたします。
http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/03/blog-post.html

また、近く、AVAAZの署名もスタートします。
http://www.avaaz.org/jp/

一見、集団疎開はとうてい実現不可能なもののように見えます。
しかし、22年前、
それまで絶対「越えられない物」「変えられない物」の象徴だったベルリンの壁が、
誰も予想しなかった形で、ハンマーやつるはしを手にした市民たちによって壊され、
東西ベルリンの国境はあっという間に消滅してしまいました。
市民のネットワークの力こそ最強であるのは古今東西に通じる普遍の真理です。

私たちも、ハンマーやつるはしの代わりに、署名やビラを手に、市民のネット
ワークという最強の力で、絶対「越えられない物」「変えられない物」と見え
る集団疎開を阻止する壁を崩そうではありませんか。

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あなたも世界市民法廷の陪審員として評決を!
http://fukusima-sokai.blogspot.com/
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