「困った時はお互い様」    

NPO法人「ドネーションシップわかちあい」事務局ブログです

共助に向かうために

2018-09-15 12:35:53 | 事務局つれづれ
▼『金銭がほとんど、またはまったく役に立たない社会を想像してほしい。人々が互いを救出して気にかけあい、食糧は無料で与えられ、生活はほとんど戸外のしかも公共の場で営まれ、人々の間に昔からあった格差や分裂は消え去り、個々の直面している運命がどんなに厳しいものであっても、みんなで分かち合うではるかに楽になり、かつて不可能だと考えられていたことが、その良し悪しに関係なく、可能になるか、すでに実現していて、危機が差し迫っているせいで、それまでの不満や悩みなど吹っ飛んでしまって、人々が自分には価値があり、目的があり、世界の中心だと感じられる――そんな社会。
それはまさにその本質からいって、維持不可能であり、一過性に過ぎない。だが、稲妻の閃光のように平凡な日常生活を輝かせ、時には古い体制をこっぱみじんに打ち砕く。それほ多くの人にとって、つらい時期にほんの束の間実現したユートピアだ。そして、そのとき、彼らは相容れない喜びと悲しみの両方を経験する。』

▼レベッカ・ソルニットの『災害ユートピア』は大地震、大洪水、テロなどの大きな災害が起きた後、人びとがが相互扶助的に助け合うことを様々な事例を通して明らかにしようとした。

▼『地震、爆撃、大嵐などの直後には緊迫した状況の中で誰もが利他的になり、自身や身内のみならず、隣人や見も知らぬ人々に対してさえ、まず思いやりを示す。大惨事に直面すると、人間は利己的になり、パニックに陥り、退行現象が起きて野蛮になるという一般的なイメージがあるが、それは真実とは程遠い。二次大戦の爆撃から、洪水、竜巻、地震、大嵐にいたるまで、惨事が起きたときの世界中の人々の行動についての何十年もの綿密な社会学的な調査の結果が、これを裏づけている。』

▼例えば1906年のサンフランシスコ大地震の後、被災者の女性の一人が、野宿していた公園でドアやテントを使って他の人たちのために炊き出しを始めた。するとまわりにいた人々が協力し、被災地のあちこちからガスコンロなどの機材を集め、数百人分の食事を提供する場になった。そこでは、それまで知らない人同士だった人が友人になり、惜しみなく物を与えあった。

▼日本の場合も、阪神・淡路大震災や東日本大震災の時のさまざまな「助け合い」が報告されている。「街の物価は突然安くなった。隣の店が崩壊している時に商売していて暴利をむさぼるなんてとんでもないと言った人もいる」

▼『災害のあとには、人間も利他的で、共同体主義で、臨機の才があり、想像力に富み、どうすればいいかを知っている何かにリセットされる。・・・パラダイスの可能性は、ちょうど初期設定のように、すでに私たちの中にあるのだ。』

▼では、なぜわれわれは日常の社会でそのようなユートピアを実現できないのだろうか。

▼当時ひきこもりだった〇〇は、自宅で阪神・淡路大震災を経験し、こう書いている。
「1万円札があってもおにぎり一個買えない」のが、異様に自由だった。<日常>が壊れて、死と隣り合わせだけど、自分を縛るものがない。息をするのに「自分の肺で呼吸している」実感。規範に締め付けられた無感覚の呼吸ではない。
「蛇口をひねっても水がでない」状況が、規範を無化した。何もないところに、他者といっしょに放り出されている。私は、当り前のように「社会活動」した。


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※フリーターズフリー3号(2015年)のなかで
生田武志さんが紹介されていた「災害ユートピア」の部分を
一部抜き書きさせていただきました。
地震や豪雨、台風などの災害が続くなかで
もう一度この部分を読みたくなって本棚を探しました。
続く災害で日常を奪われ不安のなかにおられる方々に
思いをよせます。
出来ることを紡いでいきたいと思います。(さき)
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2018-09-16 16:23:59
安倍首相が総裁選討論会で記者から予想外の追及受けて狼狽! 嘘と逆ギレ連発、口にしてはならない言葉も
http://lite-ra.com/2018/09/post-4251.html

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