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NPO法人「ドネーションシップわかちあい」事務局ブログです

新型コロナウィルスの感染拡大のなかで <思うこと>

2020-03-27 17:50:41 | 事務局つれづれ
新型コロナウィルスの感染拡大のなかで
<思うこと>


▼新型コロナウィルスの流行が中国から欧州、世界に広がっています。人類はこのウィルスに免疫がなく人口の6-7割が感染するという予測もあります。3月11日、WHO(世界保健機構)がパンデミック(世界的な大流行)を宣言。統計にあがっている感染者は50万人を越え、死者は23293人(3月27日現在)。その数は刻々と増えています。
私たちはこの事態に翻弄されるだけなのか、このままでいいのか、何か変わらなきゃいけないんじゃないか。自分の思いや考えを整理するために書きました。読んで下さった皆さんの思いを聞かせてもらえたら嬉しいです。一緒に考えたいです。

▼~私が住んでいる地域でもとうとう感染者が出てしまった。必ずしもかかると思っていないのでマスクもせず、のんきに過ごしている。でも夜も街も以前と違って人が少ないし、電車も座れるし、夜になるほど本数が少なくなり座れなかったバスも人影まばら。とうとうスーパーマーケットも閉店時間を早めた。
でもよくよく考えたら、店が早く閉まることで、早く家に帰るようになり、その方が健全な生活を送れるのでは、と思った。もうすぐ(仕事の)繁忙期も終了。私も健全な生活を送ろう。~~
知人が3月5日に書いていた言葉です。

はじめは新種の風邪のようなものだと思っていました。けれども人から人への感染が爆発し、感染力が強くて重篤な肺炎を起こす手ごわいウィルスであることがわかってきました。初期は風邪と区別がつかない、感染しても軽い症状のまま治る人、発症しない人もあり、世界に感染が広がっていきました。
若い人は重症化しないと言われていますが今後どうなるかはわかりません。高齢者や基礎疾患のある人が重度の肺炎を起こすと命にかかわります。感染者が増えれば重症化する人も増えます。
クルーズ船やライブハウスの事例で、多数の人が密集して集まり会話する換気の悪い屋内空間ではクラスター集団感染が起こることもわかってきました。
何かのきっかけで集団感染が広がれば日本でも中国武漢や欧州イタリアと同じように感染が爆発すると危機感が高まっています。重症者が一気に増えると医療体制が追いつかない医療崩壊を招き、助けられるいのちも助けられなくなります。

▼入国禁止や大規模な封鎖、外出禁止、買占めやパニック・・。日本でもマスクやアルコールがなくなり、外出イベントの自粛要請が続いています。賛否のなかで学校の一斉休校が実施され、戦争以外で初めて高校野球が中止になりました。観光客が激減しバスの運転手が大量解雇されたというニュースもありました。
生活や経済も大打撃です。
一体これがいつまで続くのか?という声があちこちから聞こえてきます。
コロナ不況という言葉が生まれ、休業への対策や補償がないとやっていけないという切実な叫びが聞こえてきます。

▼未知のウィルスへの対策は困難で、日本のクルーズ船への対応はいたずらに感染者を増やしたように見えました。国が検査の数や対象を絞っていることにも疑問の声があがっています。
感染を把握してこそ適切な治療や対応が出来るのではないでしょうか。肺炎で亡くなった方の感染が後で判明したという報告もあります。水面下での感染が広がっているのでしょう。

ウィルスが幾つもの型に変異しているという情報もあります。専門家の見解も様々あるなかで何を信用したらいいのかわからない。
電車のなかで咳をしたら別の車両に行けと言われたとか、感染者が判明した病院の職員が心ない言動をあびせられたというニュースもありました。
感染への不安が言われのない差別や排除をも生み出し、パニックや混乱、疑心暗鬼が広がっていくことを危惧します。

▼思ってきたことを書きます。
ニュースも連日この話題を取り上げています。
一人一人のいのちにかかわる問題だからでしょう。
一人ひとりの暮らしや人生にも直結しています。

自分や自分の大切な人が死ぬかもしれないのです。
自分は感染(いつ)するのか、しないのか
発症するのか、しないのか
重篤化するのか、しないのか
生きるのか、死ぬのか
誰もが等しくこの現実に直面しています。

▼あなたにとって本当に大切なものは何ですかと、問われているような気がします。誰もが今まで通りの生活パターンや生活スタイルを変えざるを得なくなっています。何が最善の対応や対処なのかは専門家も手探りのなかです。
国は本気で庶民のいのちを守ってくれるでしょうか。
正解のない中、様々な見解が飛び交う中で、一人ひとりが選択していくしかありません。
ひとつひとつの場面で自分は何を選ぶのか、何を優先するのか。それが人の生死を分けるかもしれないのです。一人ひとりの価値観や考え方、生き方が浮き上がり、あぶりだされるようです。
これまでのあたりまえの日常が崩れていく中で、健全な生活って何でしょうか。死に至る感染症の大流行を目の前にした時、幸せって何でしょうか。

▼厄災から免れるために出来るのは感染した人と接触しない隔離であり、外出を控え、マスクや手洗いでウィルスと接触しないようにすることで、人類はしょせん地球上の生き物のひとつにすぎないのだと思い知らされます。
また感染しても、免疫がしっかり働いて体のなかでウィルスが増殖しなければ発症しないし、しても軽症で済むのでしょう。
世界の大混乱のなかで、人類が積み重ねてきたことって一体何なのか。人間であるってどういうことなのか。そんな思いがわきあがります。

自分だけの都合や自分たちだけの利害で動けば感染は広がり混乱は深まり長期化するでしょう。自分は無症状や軽症で済んでも不用意に感染を広げれば、高リスクの人たちや医療関係者を危険にさらすことになります。その影響は結局自分に還ってきます。自分が痛い目にあってから泣いても遅いのです。
マスクや医療品を奪い合うより、今それが必要な人に必要な物資や人的資源が届くことが、全体としての混乱を最小限にします。
軽症の感染者が安心して自宅療養や治療を受けられれば、必要以上に感染を広げることもないですし、回復すれば支援の必要な人を支えることもできるでしょう。

▼自分の身は守らなくてはならないけれど、自分のことだけ考えていると自分の身を滅ぼします。自分以外の他者のいのちを等しく大切にすることが、自分のいのちを大切にすることになります。
地球規模で広がるグローバルな経済は国境を越えて人や物、情報を行き来させ、人類をひとつにつないでいます。動植物や生態系、地球環境もしかりです。
ひとりでも多くの人が安心して生きられること、生きられる環境があることが、自分自身のいのちと安全を守ります。それが新しい世界基準です。皆にとっての最善を選ぶことが自分のためになります。

それはかつての戦争時のように個が軽んじられ国のために犠牲や我慢を強いられることとは全く違います。国が強い者の利権をさらに守り、弱者を見殺しにするなら庶民は黙っていません。
ひとりのいのちを大切にすること抜きに、自分=皆のいのちは守れません。

▼人類はいま多様ないのちの共生の社会へ、いのちの共生を軸にした社会に大きく舵を切る時なのだと思います。
お金がすべての経済優先主義、人を突き落としても自分さえよければいいという利己主義がはびこり、貧困と格差の拡大、環境破壊、戦争、差別、、人類全体が行き詰っているのです。
強い者勝ちの競争のなかで、いのちが軽視され、弱者切り捨て、虐待いじめ、過労死するのかつぶされるのか、心を病むのか、、、みんなが苦しくなっているのだと思います。
生きる希望や喜びが見えにくくなっているのです。
お金の原理からいのちの原理へ。
いま私たちの意識を、すべてのいのちが等しく大切にされる<共生>に組み替えていく時なのだと思います。

▼幸せや豊かさとはお金でも競争を勝ち抜くことでもなく、共に生きることです。
多様な個性を受け入れあい、時に喧嘩もしながらも、ともに生きる家族や友人仲間、人と人のつながりはかけがえのない人生の宝物です。災害でも病気でも、今回のような一斉休校でも、困った時はお互い様で助け合える人のつながりがいのちを守り、輝かせ、人生を豊かにします。
家族や大切な人と心を交わしあうこと。支えあうこと、補いあうこと、わかちあうこと。共に生きること。
それが生きる喜び、生きる希望です。

オリンピックの延期が決まりましたが、それが延期で済むのかどうかは全くわかりません。この未知の感染症の影響がいつまで続くのか、どこまで深刻化するのかわかりません。
不安や混乱に巻き込まれ翻弄されるだけでなく、パニックを増幅するのではなく、一庶民にできることがある。新しい世界基準で生きることです。
困ったときはお互い様の心で日々を生きることです。
ひとりひとりの選択が皆の未来を左右します。
共感するすべての人たちとともに、共生といのちの原理をきっぱりと軸にすえた支えあいと助けあいを広げていきたいです。
いのちの共生のなかで、支えあい共に生きていきたいです。(2020,3,27)
(さき)

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