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NPO法人「ドネーションシップわかちあい」事務局ブログです

震災で失ったもの

2011-11-25 10:24:56 | 原発・放射能
http://kodomofukushima.net/
こどもたちを放射能から守る福島ネットワーク

情報誌「たんがら」10月号↓より(PDFファイル)
http://kodomofukushima.net/?action=cabinet_action_main_download&block_id=941&room_id=1&cabinet_id=3&file_id=7&upload_id=61
「ひとびとの声」を転載させていただきます。


◆低線量被曝
【いわき市二児のお母さん】

広島・長崎原爆、チェルノブイリでの原発事故、
その他異常のあった原発周辺のデータより、
低線量被爆によって、健康に影響が出ることは周知の事実です。
さて、福島では、今後どのような影響が見られるのでしょうか。

私の知人でうつ病だった方は、震災直後、
症状がひどくなり、薬の服用が増えました。
睡眠が浅くなる、涙が止まらない……。
また、もともと体の弱かった友人は血便が出るようになりました。

健康な方でも、避難所を精力的に回られていた方の中には、
声がかれ、空咳を繰り返す方もいました。
熱は出ないのに、疲れが取れず、体がだるく立っていられなくなるのです。
また、頭痛持ちになった方もいます。
しかし、幸か不幸か、ほとんどの方に健康被害はまだ見られません。
チェルノブイリでは、二世、三世にまで被害が及び、
「○○地区の人とは結婚させられない」という事態にまでなっています。
地元に残る者皆が、放射能は怖いという認識のもと、手を携え、
除染の努力ができれば、チェルノブイリとは違う未来があるのではと思います。


◆震災で失ったもの
【いわき市二児のお母さん】

震災で失ったものは何ですか。家、家財道具、車、仕事、身内……。
私は、絆を失いました。こんなことになろうとは、夢にも思いませんでした。
私は、震災後、身内の三世帯で県外に避難をし、共同生活を始めました。
始めは、人数も多くなり、得意分野が異なるため、
それぞれの良さを生かして楽しく有意義な生活を送っていました。

しかし、仕事を無くした者もおり、
朝から晩まで狭いところに一緒にいる日々を重ねていくうちに、
何かしらの圧力がかかったのでしょうか、
次第に相手を思いやる言葉が減っていきました。
生活習慣や教育方針の違いを受け入れられなかったのでしょう。
私には、相手を指摘する言葉が、非難する言葉に聞こえ、心が傷ついていきました。
教育という名の暴言、陰口……。

ある日、私の心は限界を超え、壊れました。
それまで、相手を尊重し、いたわり合ってきた関係を維持出来なくなり、
話すことも、同じ場所にいることも耐えられなくなりました。
避難所でも人々の争う醜い場面を見たという方が少なくありません。

我々は、震災という大きな困難に対し、助け合いという精神を築くはずでした。
しかし、現実は私たちに失ったものの大きさを突きつけました。
それでも、全国の支援の輪は「絆」という言葉のもと、
大きな力を、私達被災者に不えてくれています。
私は、やはり、「希望」と「絆」の計り知れない威力を信じていきたいです


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1 コメント

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Unknown (さき)
2011-11-25 11:49:00
10月3日 自主的避難に賠償を求める院内集会
http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2011/10/post-34a8.html

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