ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

まず百舌鳥古墳群4

2019年07月01日 20時55分02秒 | ウォーキング

doironのマラソン歴の中で、
一番最初に10キロを走ったのが、
この大仙公園で行われた
堺シティマラソンでした。
もうあれはふた時代前の
昭和の頃でしたねえ。



当時ここのマラソンは10キロとはいえ
ほんとは10キロ以上ある
といわれていました。
今はどうなんでしょうかねえ。
それにしても初めて走った
10キロの長かったこと。

え~10キロでこんなしんどかったら
フルマラソンなんか無理やなあ
なんて思ったのを覚えています。

初10キロは50分かかりました。
このあと小豆島で44分、
松原で39分と記録が伸びてゆき、
もうその頃から走ることに
取りつかれてしまいましたねえ。

そんなdoironマラソンの原点
ともいうべき大仙公園ですから、
それから何度もここの
マラソンには出場しました。

ここのマラソンも来年以降は
世界遺産の中を走る
マラソンになるんですねえ。
さらに参加者も増えるかもしれません。

これまではマラソン後も
友達の結婚を祝ったり
旅立ちを祝ったりしましたねえ。
そして公園内もウロウロしました。
でも古墳にはあまり興味を示した
記憶がありませんねえ。
これからはもう少し注目も
されるようになるんでしょう。

でもこの孫大夫山古墳の近くには
堺市博物館もありますねえ。



ここもこれまで行ったことが
ありませんので、この際ですから
立ち寄っていきましょう。

なにか古墳に関するいい情報も
あるかもしれません。
まず入り口の横には、
このまえ堺を歩いた時に勉強した
「武野紹鷗」の石碑があります。



あの千利休の師匠ですね。
なのでその近くには
「千利休」の石碑もあります。



そして、博物館に入ります。
特別展なんかも入ると少し有料ですが、
指定カードの割引で
団体扱い160円で入れます。

古墳のコーナーでは、
建設時の様子から現代の様子まで
コンピューターグラフィックや、
絵図や写真などで見ていくことができます。

三つだけ展示をあげますと、
これが明治時代の写真です。



前方後円墳であることの
雰囲気は出ていますか。
でもそれよりも周りが広い
田園風景であることに驚きですねえ。



そしてこれが昭和48年。

墳丘上の樹木がまだ少なかったようです。
現在はこんな感じ。



かつては緑多い町の中の石山だったのに、
今は街の中の大きな森と
雰囲気は逆なんですねえ。

その後で、百舌鳥・古市古墳群の
テレビ説明を見ました。
古市の方も、かつては
doironも住んでいたことがあり、
家のすぐ横に古墳があったことを
思い出します。
百舌鳥の後はそちら古市の方も
行くことにしましょう。

堺市はこんな古墳時代の後、
もう少しのちになったら
商人の町になっていきますね。

鉄鋼・織物のほか鉄砲なんかも
商売にしていました。
そして包丁鍛冶も盛んだったそうです。

今回は和紙についての展示も
行っていました。



ああ、勉強になりましたねえ。
ここで160円の元は取ったでしょうか。

古墳にうずめられていたりする
円筒古墳なんかと
写真撮影しておきました。



さあ、ではここを出て公園内を歩き、
つぎの目的の古墳である
「寺山南山古墳」を目指して
歩いていきましょう。



公園内の木陰は涼しいですよ。

南の方に行きますと、
ああここが旗塚古墳ですねえ。
帆立型の古墳です。



きれいに整備されていますが、
史跡の整備という観点からだと
いろいろ問題を含んでいるそうです。

でもここは世界遺産の対象ですね。
写真にとどめておきましょう。

そして次の目的地は寺山南山古墳です。
ここは方墳ですねえ。
公園の花だらけの七観音山古墳を
見ながら公園から出ていくような
感じになります。



向こう側に、古墳の大きさとしては
日本第3位の履中天皇陵古墳が
見えてきましたよ。



仁徳と反正の天皇陵と合わせて、
百舌鳥耳原三陵のひとつ
といわれています。

続く


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