みことばざんまい

聖書を原典から読み解いていくことの醍醐味。この体験はまさに目からウロコ。

#619 神の法第六戒

2020年11月23日 | 神の法
第6戒
死刑

237~
The Death Penalty
The Sixth Commandment
The Institutes of Biblical Law
Rousas John Rushdoony

◇◇

検察当局によって使われた極めて特殊なからくりのひとつが、証人側として、州がDudley Boyleのアリバイを証明することができるひとりの男を呼んだことだ。そのアリバイとは、強盗のあった朝早く、彼はリーノーを離れ、自動車でゴールドフィールドまで旅行をしていたというもの。サマーフィールドはその男の名前を呼び、話しかけ、証言台から退去させた。その後、マッカラン(McCarran)は、ジョージ・バーレット裁判官によって、繰り返し却下されたため、その男に対する反対尋問をすることも、ボイルのアリバイ証明をその男から引き出すこともできなかった。これがニュース解説だとしたら、まともに信じることはできないであろう。写しは利用できる。最高裁上告後でさえも、エドワードダッカ―裁判官は、恐ろしいほど安直な判決を言い渡し、ボイルは懲役6年から20年の実刑に処せされ、州刑務所に収容された。彼は6年後に釈放されたが、その後自殺した。仮釈放のために努力していた時、マッカランに手紙を書いている。「私は無実だと、私もあなたも知っている。」不幸にも、これが、皆がひどく混乱している大恐慌時代にあったこと。スパークス銀行の所有者が有罪判決を望めばそうなる時代だったと想像する。

これは孤立したケースではない。

しかし、よくあるケースでもない。

起訴されたほとんどすべての人が有罪となるというのは、いまだに事実だ。

彼らは、殆どの場合、有罪を不服としている。

法の行使を止めること、法を破壊することは、そのような不義ゆえに、不法を混ぜ合わせること。

市民法や刑法の執行は、罪深い、堕落した人間の手の中にある。

法を堕落させるわけにはいかない。

法の執行の質を高めるために、より多くの従順をもたらすために、われわれは信仰心のある人たちを得る必要がある。

法の弱体化に関する答えはないが、今後数十年を必要とするだろう。

法を破壊するために不義を用いることは、不義の中でも極めて悪質な行為だ。

参考:

バベルの塔建設を助ける者に祝福はない

放浪と文明

呪いがなければ祝福は来ない

>クリスチャンになると、何も問題はなくなり、毎日ハッピーで、病気も、悩みも、苦しみも、死別も、災害も何もなくなります、というのは、偽伝道師である

御意の通り! 


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