大助の駆けある記

日本共産党・木佐木大助の山口県議会通信

困った時には共産党…「今度は私達が」

2010年06月06日 | 記事

昨日、帰りの列車に乗り遅れたことを貴重な教訓に、今日は下関から車を飛ばして周南市の新南陽入り。ここでも中村ふみ子市議はじめ中村靖元市議以下10名近くが、民放TVクルーと一緒に待ち構えていました。その中にはお世話になった故渡辺孝三元市議の奥さんの姿も。3ヶ所で元気いっぱい訴えた後、山口市内で開かれた県革新懇総会へ。

Dvc00089  30周年迎えた総会で「私と革新懇」というテーマで挨拶をさせていただきました。革新懇が発足した30年前は、ちょうど私が日本共産党の専従になった頃で、「私の共産党人生は革新懇の産湯に漬かって育ちました」と語り、平和と暮らし、民主主義を守るためにも参院選を全力で頑張る決意を述べさせていただきました。

 夕方に取っ返して再び周南市へ。藤井直子市議と連れだって地元紙の「日刊新周南」を訪問しました。スタッフ一同大歓迎してくれ、急遽ケーブルテレビの収録も。噛みながらも楽しい取材と懇談になりました。

 が、「これで終り」とさせない所が藤井市議の凄みで、「木佐木さん党の仲間を増やしに行きません?」とニッコリ。喜んでご一緒しました。

 訪問先は、この五月の連休中に生活相談で知り合った38歳になるご夫婦です。聞けば、派遣切りで現代版蟹工船のような状況に陥れられた際、たまたま目にした藤井さんの議会便りを頼りに相談に来た人でした。

 「どうしていいのかワラをもつかむ思いで相談に行って助けてもらった。二人で生きる希望まで貰いました。今度は自分達が共産党に入ってお役に立ちたい」と、スラスラと入党申し込み書を記入される姿に、二人で飛び上がって喜びました。……ドスンと音がしましたが…。