狐・狸・祭

フラメンコの故郷よりマイペースに発信、カンタオーラ小里彩のブログです

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プリリとマヌエル・パリージャ!

2018年11月10日 13時27分21秒 | 日記
今を時めくPurili氏が今宵ヘレスで歌うと聞いて、はやる気持ちを抑えペーニャ・ラ・ブレリアへ!もっと子供のころフェリアのカセタで歌ってすでに名声を轟かせたもののフィグーラとしてヘレスのペーニャで正式にデビューするのは今日が初めてとのこと。ギターはマヌエル・パリージャ氏。会場は満席です。客席には地元のアーティストもちらほら。舞台上かたまに魚屋さんではお見掛けするものの聴衆としては大変珍しくチチャリート氏の姿さえ!

舞台にPurili氏が登場した瞬間から「あんなに若い人なんだ!」とあちこちからささやき声が漏れます。司会者は若き主役を「ヘレスで初めて歌えるとのことで本人も嬉しそうです!」とフラメンコの聖地としてのプライドか若干上から目線で紹介している印象を受けざるを得ませんでしたが、本人は「今日は地元のアフィシオナードの皆様をはじめ、客席にマラガやマドリッドなど遠方からはるばる私の歌を聞きに来てくださった方々もいて本当にうれしいです。ありがとうございます。」とひょうひょうたるもの。どうやら一枚上手のようです!爆笑問題の太田さんとさかなクンを足して二で割ってグッと若がえらせたような風貌のPuriliさん。見るからに聡明そうで、彼を取り巻く空気は張り詰めた緊張感にあふれ、まばゆい光に満ちています。

そして、マヌエル・パリージャ氏の繊細で奥ゆかしい、ヘレスらしいアイレに満ちたギターの音色に誘われるように歌い始めたソレア。続くファンダンゴでは歌詞の持つ数々のドラマを見事に物語り、曲中にも何度も大きな拍手がわきました。そして、一部の最後にパルメーロを迎えてタンゴ。若々しくも、どこか老いた農夫の武骨さのような説得力を兼ね添えた強い歌声。レトラを歌い重ねるたび腹の奥底に渦巻いてゆくコラヘを緩急見事な呼吸でコンパスに乗せ、聞く側に臓腑をかきむしられるような興奮を誘います。
単に歌が上手いというだけではない。若葉のようにみずみずしい彼のまなざしが放つ美しさは神々しくさえあり、会場はその存在感にグイグイと引き込まれていきました。

世の中にはこんな人がいるのだ!とにかく、どうやらこの若きカンタオールはちょっと他と「格が違う」のだということだけは、単なる一外国人フラメンコファンである私の目からも明らかであるように感じられました。

休憩をはさんで、パルマとギターが阿吽の呼吸で醸し出す快いヘレスのソニケテに揺られながらブレリア・ポル・ソレア。「自分にとっては、いつも特別な曲です。この場にいるすべてのアフィシオナードへ捧げます。」と、格調高く深い深い呼吸で歌い上げたシギリージャは見事で、マヌエル・アグヘータやチョコラ―テの演技を思い出しました。そのまま立ち上がって無伴奏のトナ。短く感謝の気持ちを述べた後、いよいよ最後に待ちに待ったブレリア。歌いながら立ち上がり、彼は踊りはじめました!時にひょうきんに、時に深刻に、フェイントをかわして獲物のしっぽをパッと捕まえるように弾むマルカール!その一歩を踏む瞬間の絶妙さに、思わず会場から一斉に「オレ!」と掛け声が沸き起こります。彼のしぐさ一つ一つ、ふとした一瞬の笑顔。眉間にしわを寄せ、口を少しとがらせる表情からあふれる古の怒りのようなもの。どこか悲しみを含んだ笑いのようなもの。彼の若い肉体からフラメンコが、自然に、その瞬間に、次々とあふれるがままに生まれては、幸せな余韻をほのかに残しながら泡のように消えていきました。会場総立ちの嵐のような拍手に包まれ、少年らしい無邪気な笑顔で諸手をあげて挨拶をすると、鳴りやまぬアンコールにこたえてもう一声、もう振り。再び客席は温かい幸せな空気に包まれました。

本当に良いフラメンコを目の当たりにして感じることは、結局のところ「学ぼうとすればますます迷宮にはまり込むけれども、それでももっとフラメンコを学びたいなあ」という純粋な渇望の気持ちです。もしもまたこのような素晴らしいフラメンコに出会える幸福に恵まれたなら、その目の前にある芸の深さを今よりもっと理解しもっと愛せる自分でいられたらどんなに幸せか。
ペーニャ・ラ・ブレリアの皆様。衝撃的な夜をありがとうございました!
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イネス・バカン

2018年10月30日 13時14分52秒 | 日記
 まるで夏時間の終了を待っていたかのように、急にめっきり冷え込むようになりました。週末はレブリーハのカンタオーラ、イネス・バカンがサンティアゴ地区のペーニャ、ティオ・ホセ・デ・ラ・パウラで歌うと聞き、久しぶりに合皮のジャンパーを引っ張り出してにわか冬支度で家族と出かけました。

 少しばかり遅れて入っていくと、会場は立ち見客がぐるりと椅子席を取り囲む感じで、聴く側にも演者側にも理想的な程よい賑わいです(もっとも、イネスには聴衆がたくさんいようといまいと、目を閉じて彼女の世界を淡々と紡ぐのみで関係のないことかもしれません)。観客は舞台を見据え、シンと聞き入っていました。アントニオ・モジャのギターで歌う久しぶりに聞いた彼女の声は相変わらず物悲しく、古茶けた枯れ野に雲の切れ目を縫って降り注ぐ優しい冬の日の陽だまりのよう。ファンダンゴ・ポル・ソレア。続いて「みんな、きっと寝てしまいますね」と笑いながら、美しい詩をメロディアスに歌い上げたナナ(フラメンコの子守歌)。一部最後のロマンセは丸く大きくうねりながら押し寄せるコンパスに乗せられた見事な熱唱に皆総立ちで拍手を送りました。

 休憩時間に煙草を一服しに外へ出た娘さんと出会い、楽屋に挨拶に行きたいと言うと快諾してくださいました。
「あら久しぶり!ちょっとふっくらした?」とイネスは私を見て目を細めます。たくさん話したいことがあるようでいてたいした気の利いた言葉も見つからず、取り急ぎこちらの近況などを早口で伝えると、「うんうん」と聞いてくれる彼女は、近くで見ても遠くから見ても、とても綺麗でした。

 二部はソレア、カンティーニャス・デ・ピニーニ、シギリージャ。代々歌い継いできた家族の思いがたくさん込められているであろう大切なレトラ(歌詞)の数々。心から楽しそうに、そして誇り高く歌う彼女の姿は正真正銘カンタオーラそのものでした。
最後のブレリアではいくつかレトラを歌うと早々にマイクを外して椅子から立ち上がり、前列のペーニャの年配女性たちに向かって「さあ、さあ!」と手で合図。すると丸々とした着飾ったご婦人方が一人づつ我先にとわらわら出てきては歌の丸いコンパスの端をくいッと見事にブラソで捕まえながらそれはそれは粋に踊りました。ビネガーの香りが充満するヘレスのボデガにひそやかに眠るシェリー樽たちが、楽しい宴の音色に思わず眠りから醒めてコロコロと踊りだすよう。椅子から立ち上がる時はヨロヨロして周りに助けてもらいながら出てくるような方さえも、ステップを踏み始めるとまるで水を得た魚のようにスイスイと自由に泳ぎだす様子は本当に深い感動を与えてくれます。思わず見ている人の口からも笑みと掛け声がこぼれ、心は一緒に踊りだす。琥珀色の古酒のような美しいフラメンコに酔いしれた夜でした。

 帰る道すがら、同席したMさんが「レブリーハに、フラメンコの家系に生きた彼女の歌を好きになってまねたり勉強することはたとえできたとしても、あの心の奥底からマグマのように静かに熱く湧き上がるフラメンコの感情を同じように持って歌う事は他の誰にもできないですよね。」とつぶやいたのを聞いて、本当に其の通りだなと思うのでした。
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フアン・ビジャールとニーニョ・ヘロ

2018年10月15日 12時54分54秒 | 日記
先週土曜日、ペーニャ・ブエナヘンテ(良い人:アンダルシアでは良い人といのは必ずしも褒め言葉ではなく、どちらかと言うとお人好、間抜けのニュアンスもありますが含みのあるネーミングなのでしょうか!?)でフアン・ビジャールが歌いました。ギターはニーニョ・ヘロ氏!17:00スタートという珍しい時間設定にフアン・ビジャール氏も「こんばんわ。。。じゃないッこんにちは!こんな時間に歌ったことあんまり無いんですがやってみましょう!」と困惑気味!温かい日差しが差し込む改装直後のペーニャは子連れの客もありつつ(我が家も)和やかな雰囲気です。地元のフラメンコのアーティストもたくさんいました。

かつてマンサニージャさんの招聘で来日し、まっすぐ真摯なお人柄で日本中を魅了したフアン・ビジャール・イホ氏と口元と熱血な歌い口が本当にそっくりでした。(フアンJr.
にもお会いできるか?と期待しましたが、残念ながらいらしてはいないようでした。)ヒネート・デ・カディスのファミリーでもある彼は、50年前にグイートの公演で来日していたとか!

舞台はギターソロのブレリアでスタート。
身近に聞けたニーニョ・ヘロ氏の爪弾くソニケーテも絶好調でした!久々に聞いたブレリアの臨場感あふれるコンパスの嵐に興奮のあまりむせ返りそうになりました。私事ですがファミリア・モントージャのフラメンコが入口だった私にとってヘロ氏のギターはいつ聞いても特別な感動を運んでくれます。割れんばかりの拍手のあと「もっと俺を仕事に呼んでくれや!」と聴衆にぶつける一言もまたギリシャ神話に出てくる神様みたいな超越した感じで良いですネ!ある日街で見かけた挙動不審で落ち着きなくチンピラフラメンコさんから小金をせびってた彼も(失礼)、神がかったギターを、いい意味で実力の100分の1くらいしか発揮してなさそうなビール飲んでるみたいな気楽さでちょいちょい弾いてしまう鮮やかな彼も、ヘレスが敬愛するペリキンことニーニョ・ヘロ氏の真の姿です。

続いて赤シャツで決めたフアン氏の登場!思いがけず小柄です。
一部はソレア・デ・カディス、前列にいたミ・プリマ・マカレナ・デ・ヘレスに捧げますと始まったファンダンゴ。締めはブレリア。アルフォンソ・デ・ガスパールのamanecer en el campoを歌ってくださいました!
二部は圧巻のシギリージャ、アラブ風のサリーダに会場が盛り上がったゆっくりとしたタンゴ、ブレリア。良いフラメンコでした!全部出し切ってやる!という気合が伝わる汗びっしょりで歌うフアン氏の緩急溢れる迫力の歌声。会場には瑞々しいジェルバブエナとカディスの海の紺碧の鮮やかさと潮風がフワアっと漂い、惜しみない拍手と溢れる笑顔で満ち溢れました。

カディスのカンテに感じるのは底抜けな明るさ!
良いエネルギーを蓄え幸せなひとときを過ごしました。
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ダビ・ラゴス氏 「ヘレス・コン・ハポン」について語る!

2018年08月15日 15時30分13秒 | 日記
第51回フィエスタ・デ・ラ・ブレリア・デ・ヘレス第2日目「ヘレス・コン・ハポン」を今月24日に控え、芸術監督の一人であるダビ・ラゴス氏にインタビューを申し込んだところ快くご承諾いただきました!


小里(以下K):ほかにもフラメンコ愛好が盛んな国はたくさんありますがなぜ今年日本をテーマにした公演が行われる運びとなったのでしょうか?

ダビ・ラゴス氏(以下D):実は、このアイディアは私が提案したものです。舞台を1日ではなく3日に増やした2年前、この舞台のオーガナイザーであるルイス・ペレス氏に、「日本スペイン外交関係樹立150周年という節目に当たる2018年は、3日間のうちの1日を「日本へのオマージュ」として設けてはどうか」と提案しました。そのことを覚えていたのでしょう。舞踊家であり舞台監督としても活躍しているハビエル・ラトーレ氏経由でお誘いを受け、私も芸術監督としてメンバーに加わることになりました。二人で全体的なシナリオ部分を組み立てて、練習時間と予算の厳しい制限がある中で「シンプルながらそれぞれのアーティストの良い個性が現れる形」を模索しつつ準備中です。

K アーティストの選出はラゴスさんが担当したそうですね。

D 私は1995年から毎年一回、多い時で二回来日して仕事をしてきましたが、その間実に多くの日本人アーティストたちと共演しました。限られた条件の中で、呼びたい人全員を呼べないのが大変心残りですが、その中からヘレスでは日本の外交大使的存在として知られる小島氏、長年ヘレスと関係が深く地元のアーティストとの交友がある鍵田氏・佐藤氏、大舞台でほぼ即興で芸を演ずることができる実力の持ち主森田氏、自分の目から見て特別に光る才能の持ち主である今枝氏・・・それぞれの理由で各年代からこの大舞台にふさわしい日本人アーティストの面々を選出できたと自負しています。

A 23年間も毎年来日して仕事をしているラゴスさんから見て、日本のフラメンコを取り巻く環境はどのように変わったと感じますか?

D 初めてエル・フラメンコに出演するため95年に来日した時にはインターネットもない時代でしたから、国際電話専用テレフォンカードで公衆電話から家族に連絡しました。近況報告の手紙も往復20日くらいかかるような、今思えばのどかな時代でした。今日では近代化の恩恵で簡単に連絡が取れるようになり、ぐっと日本とスペインの距離は近づきました。
また、20年前の日本では私のような外国人が町にいると皆珍しがってチラチラ見たり、英語で何か話しかけたりしたものなら、皆真っ赤になって緊張していたものでした・・・。今は少なくとも大都市では状況は変わりましたよね。また、わざわざスペイン人が日本に教えに行かなくても、習いたい人は自らスペインにやってきて本場のフラメンコを勉強するのが当たり前になりました。
こういった変化はもちろんいい面もあれば悪い面もあります。
良い点としては、カンテはまだまだ難しいと感じていますが、日本人のギターや踊りのレベルは飛躍的に上昇しました。
次に悪い点ですが、アルテの敷居が低くなった錯覚からフラメンコへの敬意や理解もないままフラメンコの名前でアカデミアを開き、金もうけ主義に走る人も多く見ました。
また、時代とともに日本でのフラメンコ自体の希少価値がなくなったことから、かつての日本の観客から感じた素朴で温かい心からの感動の言葉や拍手、アテンドしていただく際のもてなしの心は失われていくように感じます。また、その責任はレベルが低いにもかかわらずそれでも「いい仕事になる」ということで、向上心や努力もなしに市場を荒らすだけ荒らした一部のマナーの悪いスペイン人アーティストにもあるでしょう。
手前味噌ですが私の叔父故アギラール・デ・ヘレスはそのことをいつも危惧しており、彼なりの方法でいつも日本人に「カンテを学ぶ必要性」を啓蒙してきました。彼が亡くなった時、高円寺エスペランサでのオメナヘの際に小島さんが「アルバロは日本人に歌を聞くことを教えた」と言ってくださり、とてもうれしかったのを覚えています。

K今回共演の日本人アーティストとはすでに日本ではたびたび仕事をして信頼関係があると思うのですが、地元ヘレスで彼らと舞台を作るにあたり、どのような点がこれまでと違いますか?

A・まず基本的に私は地元ヘレスで「踊りの伴奏で歌う」ということ自体しません。加えて今回は大変重要なネームバリューのある舞台ですから、私の気合の入り方も普段とは桁が違います。日本で仕事をして帰ってきたとき、よく頭がロボットのようにカチカチになっているので休養が必要なのですが、なぜなら日本では歌う時にはどうしても「機械的」にならざるをえない傾向があるからです。「その都度変わると生徒たちが混乱して踊れないので、決めたとおりに歌ってください。」と頼まれ、ブレリアをまるで決め事通りのビジャンシーコのように歌うのは仕事とはいえ本当に大変なことです。 
この舞台では私は日本式にはいきません。彼らがヘレス式に合わせないといけないのです!もちろんそれができるレベルの人たちを招聘するのですが、それでもこの舞台ではいつもの何倍も全身の細胞の感覚を研ぎ澄ませてギターを聞いて歌う、カンテを聞いて踊る必要があるでしょう。そうでないと観客には何も伝わらない。もしかしたら「間違える」かもしれません。でもそれが自然に出たものであるならば、自身のアルテを一歩先へ進めるために時として「間違える」ことは必要です。

K 24日の舞台で、地元の観客に注目してほしいのはどのような点ですか?

D 舞台の上でフラメンコを演じているのが「日本人」ではなく、「アーティスト」であるということ。いままで誉め言葉の前にかならず彼らがつけていた「日本人にしては・・・」という枕詞はもはや必要ない時代であることを痛感してほしい。ヘレスのもの、アンダルシアのものであったフラメンコの地位はユネスコの無形文化遺産に登録されるほど国際的になりました。遠い国の人が、我々の文化に対してこれだけ強い愛情をもって努力してその芸を手に入れたのだということを見てほしいです。
特にヘレスでは「誰がなんと言おうとブレリアだけは我々のもの」と固く信じている人がたくさんいますが、実は当日ある日本人バイラオーラがブレリアで一振り踊るためだけに来てくれる予定です。彼女は長い年月ヘレスの文化を、生活を深い部分で理解しようと惜しみない努力してフラメンコを学んでいる方。彼女の踊りは上手いか否かという表面的な次元の話を大きく超え、「ヘレスそのもの」。これはすごいことです。「情熱と努力でどこまで土着の芸能に近づけるのか」ということの画期的な象徴になるでしょう。

K 遠く日本から舞台にエールを送っているフラメンコ愛好家の方々にメッセージをお願いします。

D 実況中継をインターネット経由でしますし、Onda Jerez局が当日の舞台を撮影するはずなので、ぜひ一人でも多くの方にこの舞台を見ていただきたいと思います。また、踊り手森田志保さんから「憧れのフィエスタ・デ・ラ・ブレリアの舞台を自分が踏むなんてまだ夢のようだ」という言葉を寄せてもらいましたが、まさに「人生不可能はないのだ」と。フラメンコへの敬意を持ち続け、学び続けることで思いがけず遠くまでたどり着けるのだということをすべてのフラメンコアーティストを志す方に希望として感じてほしいと思います。

K 今日は貴重なお話をありがとうございました。



自宅の録音スタジオにて今年のビエナルで発表予定・第三作目となるCDを制作中。2014年にはスペイン最高峰ランパラ・ミネーラ賞に輝いた超実力派であるにもかかわらず、「私は天才ではないので、良い歌を歌うために日々努力あるのみですよ。」と謙虚な笑顔がまぶしいダビ・ラゴス氏。生きているうちに一度は言ってみたいセリフですね(笑)!!

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ピアノフラメンコ 楽屋中目黒ライブのお知らせ

2018年07月08日 18時28分16秒 | 日記
ディエゴ・デ・ラ・マルガラ氏のクルシージョの記事はさておき、最後のいわゆるエッセイ記事が去年の7月とな!?ガソさんのトークショー文字起こし以来!?放置期間が長いと雑草だらけになっている実家の庭同様気にはなっていたんですが、我ながら放っておき過ぎました。。。。音沙汰無く申し訳ありません、生きております(~_~;)

筆不精の言い訳に過ぎないのですが、まず1つ目の理由としてヘレス内で5度目の引っ越しをしたらネットのない生活に切り替わりました。前は上に住む大家さんのWiFiを拝借できたのですが、今度は自分で回線をひかなくてはならなくなったのでグズグズとシーラカンス2名(パソコン音痴の私と私以下という地を這うミミズレベルの彼─右脳タイプの私はパートナーには左脳タイプの方を希望していたにも関わらずこんな極右脳マン彫刻家などと一緒になってしまいどうしたものか・・・・んっ?向こうもそう思っているのか!?)で各社ネットプランを検討していたら、息子がアニメの代わりに本を読むようになった!図書館ではDVDの貸出も無料でしているのですが、チャップリンやゴルド・イ・フラコなど昔の良質な白黒のコメディを喜んで見ている!子供が昨今流行りのゲームやアニメ漬けチャイルドになっては困るし、貧乏なのでネット代も浮くし、とそのままネットなし生活にズルズルと突入しました。

もう一つの理由として私がピアノにここのところ思いがけず夢中になってしまったためそちらに全神経が行ってしまっていたということ。赤い靴を脱げなくなって踊り続けたお話がありましたが私はピアノの椅子から立ち上がれないバージョンでして、本当に恐ろしいことです。また家のピアノは電子ピアノなのでイヤホンで練習できるため、思い立ったら真夜中でも弾き放題!一番安物を買ったため弾きすぎて腱板の下に入っているゴムが摩耗してカッタカタ変な音がする始末。丑三つ時に残業しすぎて狂ったオフィスOLがパソコン作業しまくっているような恐ろしい音に安眠妨害された彼に怒りから罵倒されることも日常茶飯事となってしまいました。2年の保証期間内のため日本への一時帰国期間を利用して修理に出したら、楽器店のおじさんはそんなに練習するならもっと上のクラスのピアノを買ってよと心底うらめしそう。きっと高い修理なのでしょう!

7月13日金曜日に中目黒楽屋でライブをする運びとなり(6年ぶりで楽しみです!)、帰国後は実家近くの音楽貸スタジオでグランドピアノで練習していますがその音の美しさといい、鍵盤の重さといい、我が家のカタカタピアノとは別世界で実にロバさんとサラブレットくらいの差がありました。重い鍵盤で練習していたら二の腕が思いのほか立派に・・・!?

当日は一部ピアノのみでフラメンコのナンバーを、二部はゲストとしてスペインから前日に帰国したてのギタリスト俵英三さんも応援に駆けつけてくださることに!本当に楽しみです。まだお席もご用意できるようですので、もしお時間が許せば是非是非フラリと遊びにいらしてください。心よりお待ち申し上げます。

■ライブ詳細■
日時 7月13日金曜日 OPEN18:00 1部 19:30〜 2部 21:00〜 入れ替えなし
場所 中目黒楽屋(らくや) 各線中目黒駅より徒歩5分
Music charge 3000円 学割は半額
出演 ピアノとカンテ 小里彩 /ゲスト ギター 俵英三
ご予約 03-3714-2607 またはmusic✩rakuya.net までよろしくお願いします。(✩印を@に変えてください)


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