如意樹の木陰

古い記事ではサイババのことが多いです。
2024年に再開しました。

2007-03-07 23:44:30 | Weblog
自宅脇の道に鳩が死んでいた。
レース鳩だ。
特に外傷らしいものは見当たらない。
病気だったのを気がつかずレースに出したのだろうか。
巣に帰れず、見知らぬ土地で果てる無念を思ったりしてしまった。

足管には、鳩舎の名前、電話番号、鳩の登録番号などが表示されている。
冬の寒い時期にレースをするのだろうかと思ったが、たぶんあるのだろう。
あるいはレースに備えての訓練かもしれない。
足管の電話番号から飼い主の住所は千葉県だとわかる。

死骸は猫がいたずらすると困るので、すぐ庭に埋めた。
はじめは、死んだ事を電話しようと考えていたが、だんだん億劫になってきた。
生きていて怪我をしているのなら電話してもよいが、すでに死んでいる。
鳩が死んだと聞けば、どの程度かはわからぬが落胆するだろう。
レースに出す以上、帰ってこない事を想定しないわけではないだろうが、具体的に死んだという話になるとまた別だ。
帰ってこなくとも、どこかで生きているだろう、そのうち帰ってくるだろう、そう思っているうちにだんだん忘れてゆく方が幸せだと思う。

つい最近まで、我が家の周囲にも鳩を飼う人が多くて、鳩の群れがよく飛んでいたが、それがめっきり少なくなってきたように思う。
飼う人が減ってきたのには、鳥インフルエンザの問題も関係しているかもしれない。
鳩を飼っているのは、だいたい50代の人たちだったが、だいぶんお金のかかる趣味らしいと聞いた。
レースで勝てる血統のよい鳩は相当に高価なのだそうだ。

実は私も、小学生の頃鳩を飼った。いとこが飼っていた鳩から子を分けてもらったのだ。分けてもらった番いの鳩から数羽の子が生まれて群れで家の周りを飛んだものだったが、ある夜野良猫にやられてしまった。
そんなこともあって、私は子供の頃猫はあまり好きではなかった。
それが今では、猫をよりどころにして生きていたりする。

未来

2007-03-05 23:36:45 | Weblog
以前書いたように、わたしは空を見るのが好きです。
たとえば、日が沈んだあとの西の空に、金色の輝く飛行機雲を引いて飛ぶ旅客機などはとても魅力的です。
それから、夜になって、星座の中を光を点滅させて飛ぶ旅客機もよいものです。
旅客機がたくさん見られるのは、たぶん私の住む土地が航空路に当たっているせいなのでしょう。

さて、姉に初孫が生まれたので、赤ちゃんを見てきた。
赤ちゃんをしみじみ見たのは、何十年ぶりだろう。
生まれて10日は経っているので、もうすっかり良い顔になっていた。
小さな顔に大きな頭。未来の人類はこんな風貌なんだろうと思う。
彼が生きる21世紀が平穏であれば良い。
それにしても、これから20年先、50年先、社会はどう変わってゆくのでしょうか?
正直なところ、想像もできません。

たとえば今から30年前にはインターネットも携帯電話もなかったわけです。当時はそれらを想像することすらできなかった。
しかし、そういったものがあっという間に普及する。
普及する事によって、社会全体の生活様式が変わってしまう。

たとえば今やインドはソフトウエアー大国で、台湾がパソコン部品の主要生産国で、マレーシアの最大の輸出品目は半導体らしいが、そんな事を30年前に誰が考えただろうか。このように世界はどんどん変わってゆく。

まあ、今まで書いてきた事は、どれも物質文明、工業製品の話ばかりで、精神世界の話ではないのが残念な気もする。この30年の間に、実は偉大な芸術家や哲学者が現れていて、歴史に長く残るような芸術作品や思想を発表しているのかもしれないが、私はそういった世界にほとんど縁がないもので・・・

このことはインドの聖者にしても同様で、よく知られているラーマ・クリシュナ、ラマナ・マハルシ、そしてサティア・サイババのあとに続いて、次の世代の聖者が出てきているのかもしれないが、なかなかそのような情報に触れる機会はない。
もちろん聖者を追いかける必要はないのですが、しかし、ふと若い頃のラマナ・マハルシや若い頃のサティヤ・サイババに会ってみたかったと、思ったりするものですから。