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如意樹の木陰

古い記事ではサイババのことが多いです。
2024年に再開しました。

なんか・・久しぶり

2006-09-25 00:36:41 | Weblog
なんとなく、間を空けてしまった。
別に理由はないのだが、あまり書きたい事もなかったのかもしれない。
プログを書き始めると、どうも睡眠時間を削ってしまうので、そのためかもしれない。
仕事はそれなりに忙しいし・・・
私は今の仕事が嫌いではない。結構気に入っている。
しかし、執着しているわけでもない。

最近読んでいた本はH.マーフェットの「『奇蹟』が生まれる」。本の汚れ方からすれば数回読んでいるはずだが、しばらく読んでいなかったので新鮮に読めた。
著者は,1960年代、まだサイババの周囲に西洋人があまりいなかった頃に、長期間サイババと行動をともにした人物らしい。
もともと神秘学に強い興味を持っている人なので、その方面からサイババにアプローチしている感じだ。
この本を読むとサイババのすごさがわかる。なぜなら、サイババはH.マーフェットが本を書く事をたぶんマーフェット本人よりも先に知っている。

マーフェット以外にもサイババの本を書いた西洋人は何人もいるが、マーフェットほどの内容にはなっていない。
この本の魅力は、神秘学やインドにおける神の化身の系譜、インドの宗教思想の流れの中でサイババを見ていることだと思う。

話は変わるが、NHKのエルサレムを扱った番組を見ていたら、聖墳墓教会の日本人司祭が「今もイエス・キリストは生きている」と言っていた。
この言葉、少し目からウロコでした。
復活したイエスはすでに昇天してしまって、もうこの世界にはあまり関与していないように感じていた私にとって、この言葉はかなり新鮮だったわけです。
確かに、司祭の言う事は正しいのかもしれません。
少なくともそう思うことは、充分に意味があるわけです。

無題

2006-09-04 00:43:47 | Weblog
ずいぶん秋らしくなってきた。
今週は東日本に大きな台風が近づくかもしれない。

前回、本質的なことは何もわからないと書いた。
ニューサイエンスの人たちは、そういった科学の生き詰まりを解くのに、インドや東洋の思想の考え方を取り入れようと試みたのだと思う。
ヒンドゥーの世界観では、ブラフマンの一日がこの宇宙の一回分である。振動宇宙みたいな考えかただ。
ヒンドゥーでは、時間はカーラという神である。ギーターではクリシュナが実はカーラである。
カーラは、創造神であると同時に破壊の神でもある。一切の現象はカーラによって生まれる。
確かに、「時間」が神であるという考え方はかなり正解だと思う。
時間はすべての人に、すべての事象に平等である。
我々は好むと好まざるとにかかわらず時間の中で生きている。
当たり前の事だが、時間の停止した宇宙というのは存在しない。時間があるからこの宇宙は存在しているのである。

さて話は替わるが、テレビで「X-メン」という映画を放送していた。超能力者のミュータントのお話。
日本のドラマでは「ナイトヘッド」、もっと古くは「七瀬ふたたび」などが、超能力者のお話としてある。
しかし、これらはお話であって、こんなすさまじい力のある人間は、現実にいるとしたらサイババくらいのものだと思う。
しかし、だれでも多かれ少なかれ超能力らしいものを持っていることも事実。
私の予知夢も、一種の超能力といえないこともない??
しかし、コントロールできない能力ではほとんど価値がない。
コントロールできてこそ、はじめて超能力者なのである。

われわれは、わけのわからない宇宙に生きていて、少しでもこの世界について、この世界の本質・真理について知りたいと思っている。
私の人生に目的があるとすれば、目的はそれであって、別に他にあるわけではない。
したがって、物質的な豊かさとか、社会的な幸せとかにはあまり興味はない・・・そういったものは相対的なもの。
まあ、そういった生き方が出来るのが、実は幸せってことなんだけどね・・・

今日食べるものがない人達や、治せる病を治療できないで死んでいく人達が、今この世界にたくさんいるんですよね・・・