崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

初夢

2013年01月16日 04時35分03秒 | エッセイ
 「夢を持ちなさい」の夢とは肯定的な良い意味を指す。しかし実際見る夢は失敗や乗り物に乗り遅れたなど不幸なことがらである。つまり「悪い夢」が多い。それを「解夢」する占いから心理学まで夢が話題になっている。特に新年早々の夢を初夢といい、一年間の予測として重く思われている。一昨日友人たちと楽しい一場面の夢をみた。嬉しい夢を見たのは珍しい。それも年頭での初夢ではないか。青年のように「夢を持つ」気分になった。
 昨日丁度30年前1983年東北大学へ留学をすすめ餞別を持たせて別れた人が博士号を取得し、韓国の国立大学の教授をしている朴慶洙君当本人が分厚い著書をもって訪ねてきた。彼を案内して来たのは、宇部在住の啓明大学校の同級生、同窓生の3人が集まって古い子弟が同席した。彼は床にひざまずいて叩頭拝礼をしようとしたが、座敷ではないので遠慮させた。彼は東北大学で日本江戸流通史専攻、韓国東海岸の都市にある国立江陵大学校で教授をいる。私が日本に移住する前一度その大学校に行ってゆっくりと話をしたことがある。案内してくれた李茂玉は早く日本に来られて県庁国際課で日韓、日中の国際関係に努めていた。
 昨日の席で私の話題の一つ。新年に「新しくなる」と本欄で時々書いたが人が変わるのは難しい。しかし最近私は定年した人との関係が急増していて変わるのを感じた。定年退職してから人は変わる、新しくなると。その人の多くは余裕があり、優しい。現職の時の権威があった人さえ優しく感ずる。職を失った可哀そうな存在のようにも見える。否、それは自然な人間に戻ったのである。 
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「金色夜叉」と「長恨夢」

2013年01月15日 05時18分50秒 | エッセイ
 
韓国人で私と同世代の人で尾崎紅葉の小説「金色夜叉」を知っている人は少ないだろうが、趙重桓の翻案小説の「長恨夢」を知っている人は多いだろう。しかもその主人公の名前の李守一と沈順愛を知らない人はいないだろう。もっともポピュラーなことを知らないと「スパイ」だという言い方があるがこれこそ知らないと常識外れであろう。1897年読売新聞に連載したものが 植民地時代に「毎日申報」に連載され、」(1926、田中絹代主演)が人気を得て以来「ダイアモンドか、純愛か」が一般化されたのである。残念ながらフィルムは残っていない。その理由として日帝が焼却したとか、朝鮮戦争で焼けたといわれたが、私は当時の麦わら帽子に利用されたフィルム・リボンを見つけて使い捨てたことを明らかにした。今週の日曜日20日2時から田中絹代塾で私が講師になって1969年(申相玉監督)を鑑賞しながらその意味を議論したい。
 私がこの映像に関心を持つのは日本帝国において日本の文学や映画などが植民地へ大きく影響したその典型的な例だと思ったからである。先日「しものせき映画祭」では1931年のサイレント映画を活弁士麻生八咫氏によって上映されたことがある。こんどそれに次ぐものとして1932年、1937年のもの、「長恨夢」の3編のストリー、画像を比較してその意味を探ってみる。宮は富豪の富山のところへ嫁ぐ。貫一はそれに激怒し、宮を蹴る。この場面が有名になり、熱海サンビーチ「お宮の松」(静岡県熱海市)の銅像が立っている。金権主義と恋愛の通俗メロドラマと通俗小説をどう評価すべきか。三島由紀夫が当時「新鮮」だと評価したが、今でも新鮮ではないだろうか。

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小倉紀蔵著『朱子学と陽明学』

2013年01月14日 06時12分49秒 | エッセイ
 小倉紀蔵氏が新著『朱子学と陽明学』を送ってくださって読んだ。『論語』や儒教などを知っている人を前提にして思考した本であるといえる。小倉氏とは広島で韓国総領事館移転記念テレビ出演の時会って以来ご無沙汰しているが、新著などは互いに送りあっている。著書を通して深く交流する気がする。主に本著には考え方がよく書かれて親しみを増している。特に印象的なところは理気論である。李朝時代の儒教学者の李退渓(理)と李栗谷(気)を想像する。韓国では理気論は歴史的に長く、儒教を論ずることが知識人たちの「孔子曰く、孟子曰く」のごとく、つまり非現実的な空論と思わせられる。しかし小倉氏の論考は新鮮である。彼は李王朝社会を理の支配的な知識社会における気の文化が圧されたといい、その例としてシャーマニズムを指摘している。
 東アジアには儒教の影響は強く、まだ存続しているが、もっとも儒教的なのは韓国である。私は日本は漢字文化圏ではあっても儒教文化圏とは思わない。「儒教とは何か」の著者である加地伸行氏は日本が儒教社会だと主張する。十年ほど前学会で私は彼に反論したことがある。つまり私は朱子学の宗法と祭祀を基準としてみて、日本は少なくとも韓国社会のような儒教社会ではないと主張した。「宗法」とは親族組織の基本精神であり、祭祀はその実現の儀礼である。シャーマニズムは儒教祭祀と混合したり矛盾したりしているので私の専門であるシャーマニズムの研究が自然に儒教に関心を注がなくてはならなかった。儒教は祖先への孝、孝は愛である。その愛を探るのが私の祖先崇拝の研究である。しかしシャーマニズムは祖先の怨念などが主である。本書では触れていないが、秋葉隆先生はそれを儒教とシャーマニズムの二分構造として分析した。私はそれを受け継いで発展させてきた。小倉氏の論考によって古典の儒学、それをより実用的に哲学化した朱子学、またそれを継承しつつ克服しようとした陽明学の世界観から東アジアを鳥瞰することができた。
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人間が人間に影響

2013年01月13日 05時21分34秒 | エッセイ
今日成人式を行うところが多いという。私の講義も今週は成人式をテーマにすることにしている。受講生の中の二人が今日、成人式、一人は夏になるという。私の講義はこのような時間の折り目に行われることを話題にすることが多い。たとえば「日本宗教史」と「日本文化論」ではほぼ時季に沿ったものにしている。選挙の時は政治と宗教の「靖国」、クリスマスの時は「サンタクロース」、12月21日は話題の「終末論」、新年初めは干支の「蛇年」、そして「成人式」などと、続くのである。韓国と中国からの留学生には日本の宗教へ、日本の学生には比較ができるように講義する。毎時間白紙を配ってノートをさせて回収し、私が読んでコメント書いたりチェックをしたりして返す。学生は聞き話す、見て書くの4機能を上達させるのが講義の狙いである。
 40年以上教壇に立っていても講義は演技やパフォーマンスでいつも成功と失敗の連続であると感ずる。そして教育の改革は教室の中から始まらなければならないと信じている。ネット上の知識を教えるような注入式教育は変えないといけない。もっと重要なのは学生との人間関係である。30年ほど前の卒業生が今は教授となって訪ねてくることになっている。楽しみにしている。私は彼と倫理や価値観を共有すると信じている。人間が人間に影響しあう教育をするよう教員たちに提言したい。
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韓国版金色夜叉の「長恨夢」紹介

2013年01月12日 06時03分16秒 | エッセイ

各  位
2012年1月12日
NPO法人田中絹代メモリアル協会
理事長  平井 愛山
絹代塾Vol.18のお知らせ
    
初春を迎え皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。いつも田中絹代顕彰活動にご支援いただきまして、深く感謝申し上げます。
今年最初の「絹代塾」は、昨年開催しました「第11回しものせき国際映画祭」で上映した田中絹代出演サイレント映画『金色夜叉』に引き続き、韓国版「金色夜叉」といえる『長恨夢』を上映いたします。
国内で何度もリメイクを重ねた『金色夜叉』は韓国でも作られており、貴重な映像を崔教授により解説していただきます。
日時:2012年1月20日(日)14:00~
場所:田中絹代ぶんか館ミニホール
資料代:500円(協会会員は無料)
講師:東亜大学教授 崔吉城氏
上映作品:『長恨夢』 製作/1969年 韓国

お忙しい中恐縮ですが、告知ならびにご取材いただきますよう、よろしくお願いいたします。

また、本年の田中絹代市民墓参会「花嵐忌」は、3月20日(水曜日・祝日)11:00~ に行います。
詳細はまたお知らせいたします。

連絡先:NPO法人田中絹代メモリアル協会
下関市彦島江の浦町6丁目1-12
電話・FAX 083-267-2660
携帯電話 090-9731-8969(河波)
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アカハラ

2013年01月12日 05時18分12秒 | エッセイ
 今体罰による自殺が社会的に問題になっている。家庭や学校の中に称賛と罰は教育の重要な手段である。特に軍隊の中では体罰が広く認められている。戦前の日本軍の体罰は韓国軍にも残っており、私はその教育を受けて、またさせる教官もした。私は師範学部出身として愛の鞭について学んでいて罰の前に本人が納得しているかを確認した。矯正、教育が前提にしないと愛の鞭にはならないからである。人権保護思想が増大しても温存しているのが学校の中である。
 私は大学教員を長くしている者として自分の反省を含めてアカハラに注意を呼び掛けたい。アカハラとは大学などの学内で、教授や教職員がその権力を濫用して学生や配下の教員に対して行う、数々の嫌がらせ行為、上下関係を利用した嫌がらせであるという。私は留学時の苦労話をいろいろなところに回想して書いたが、研究に全身全力を投じて論文を準備したが課程博士の学位さえとることができなかった。13年後に他大学で文学博士を取得することになった。今考えると教員たちのパワーハラスメントの一類型のアカデミックハラスメントであったと思う。私は留学生から国立大学の博士指導をする立場になり、現在に至っていて、絶対そのようなことはさせないという戒めがある。しかしその立場にいる学生や当事者は教員の固執と偏見が巧にして、教育という名目に包まれて問題化しにくい。自殺など社会問題になってからワーワー騒ぐのが常である。弁護士など中心に相談チャンネルを設け、広げてほしい。
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派遣人

2013年01月11日 06時22分40秒 | エッセイ
 以前日本人は海外旅行の時ホテルでは静かに来て静かに去っていく、とても良い客として人気があると書いた。それとは対照的に韓国人や中国人はうるさいといわれた話を聞いたことがあった。しかし最近韓国人もかなり静かになったようである。ただ問題がある。韓国から派遣されてきた公務員の存在感が全くない人が多いことである。外交官や外交員のような立場の人が来ても、日本人とは接せず任期を満たして帰国する人が私にはとても残念に思われる。昔、ある学者が日本で勉強して日本通になりたいと切に頼まれて有名な基金に推薦したが日本に来てから行方不明のようになり探してみたら実は日本におらずほぼ全期間を韓国の実家で生活していたのである。私は本人に怒り注意したことがある。このようなケースはまれな例かもしれないが、注意すべきである。韓国では最近勤続やサバーティカルで海外へ勤務や研究の機会を与えることが多い。韓国で派遣人物の選定を慎重にすべきであろう。受け入れ側からは半外交官のように見る傾向があるからである。人は誰でも外交官のような存在であろう。いま日韓関係や日中関係が難しい。民間レベルではお互いに往来、積極的に接することを願う。
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「新年」の意味

2013年01月10日 05時08分37秒 | エッセイ
 謹賀新年の挨拶がまだ続いている。中国文化圏では旧正月につながる。今日本では新年の「恒例の会」がいろいろなところで行われている。恒例とはなにか。異例ではないこと、毎年か、例年通り、決まって行う常例のことであろう。もっと民俗学的に言うと年中行事などがそれである。毎度同じことを繰り返すように初詣から、新年会、…続くだろう。しかし、同じことを繰り返すようではあるが全く同じことではないことを望む。形式は同じであっても中身は新鮮味がなくては繰り返す意味がない。恒例の会は面白くないマネリズムに落ちいりやすい。緊張感がなく、準備もせずただ繰り返すことはよくない。
 新年になって「謹賀新年」のことばが氾濫している。私は新年のメッセージとして、新年の「新」の意味を自覚すべきだと言いたい。新年はただの年ではなく、自ら新しくすべき、つまり新しいアイディアで新しい態度で創造的な生活、仕事をすべきである。それが「新年」の「新」の本当の意味であろう。例年のように「恒例」の会や集まりが多くあるが、その都度創造的な集まりになってほしい。
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 密葬

2013年01月09日 04時50分44秒 | エッセイ
 親しい知人の伊藤巧氏が年末に実父と義理の父の二人を亡くした。家族密葬と言うことでお悔みを差し上げることができなかった。家族葬やお悔み拒絶などは迷惑をかけないということ、さらに差し上げることも迷惑になると言うことで遠慮する現状である。遅くてもなんとか慰める方法がないかと友人石本弘之氏に相談したら、改めてお悔みをあげるとむしろ負担を与えて迷惑をかけるということで遠慮した方がよいとい言われた。心だけ伝えておくというのである。一方いわば俗に有名人であれば宣伝過剰のように葬儀や追悼式が盛大に行われる。冠婚葬祭は喜怒哀楽をともにするという共同体の社会生活の基本とも言えるのにその機能が弱くなくなりつつある。
 密葬を通して遠慮心がダブルで動いていることを感じた。一家の異例な二人の葬儀に参列できずお互いに心使いが二重三重に往来したことを感じた。礼儀作法が省略されても大事な心が消えたわけではないこと、貴重な発見であった。
 
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「東アジア共同体と文化」(「長周新聞」新年号へ寄稿文、2013.1.8)

2013年01月08日 05時04分21秒 | エッセイ
 去る11月2日杭州の浙江工商大学で行われた研究会「東亜の中の韓国」にて基調講演をするために行った。日本と中国の緊張状況から私は日本からの唯一の参加者として目立ち、異様な存在のようであり、頼まれた基調講演は普通の研究発表に変更になった。そのわけは日中関係の悪化によって、日本から来た人に基調講演をさせるのは無理ではないかと、調停された結果であるということを後に個人的に知らされた。その日中関係の悪化は町の中や観光地でも見えた。浙江省は日本と企業協力が盛んな地域であり、中国では豊かな地域と言われており、日本への感情は非常にアンビバランスであるという。
 研究会は本館会議室で9時から副総長の戴文戦氏の開会宣言の挨拶と記念写真撮影から始まって、5時半まで続いた。最初の発表は中国国際問題研究所(北京)の研究員の姜躍春氏の「東亜共同体の推進と困難」であった。彼は経済成長から見て、日本の衰退と中国や韓国の成長により、特に尖閣領土問題で日中関係が悪く膠着していること、日本モデルの経済中心型の共同体論は非常に難しくなったこと、そして中国とインドなどの連合も可能であると述べた。
 私は経済成長で社会の発展を測ること自体の問題点、それより生活の質を高める努力をすべきだと言い、また「日本はまだまだ充分に先進国であり、中国や韓国は日本をモデルにすべきだ」と主張した。これについて北京民族学院大学の黄有福教授は日本がドイツの首相のように本気で戦争の加害者としての反省と謝罪を十分に行わなければ共同体は無理であると日本を強く非難した。
 中国では「東亜」とは何を意味するのだろうか。北東アジア、東北アジア、極東アジアなどの用語が使われているが、若干定義すべきであった。地域的見地エリアからは東亜とは中国の東部と韓国、台湾、日本、シベリアをカバーする概念であろう。したがって中国の中西部や南部を含むのは難しく、むしろロシアが含まれる。しかし儒教文化・漢字文化などを主とする文化を共通の概念とする場合は中国、朝鮮半島、日本、台湾の国家が含まれるはずである。文化と政治の単位として暫定的に「東アジア」と提案した。
 私は中国から帰国して、間もない内に東亜大学創立39周年記念講演のために来られた慶南大学校総長の朴在圭氏を迎え、昼食をとりながらそれを話題にした。彼は講演で1944年京都生まれであり、母親から「日本とは仲良くしなさい」といわれた言葉を守っており、今後も守って日韓関係の改善に努力していきたいという話をして、100人を超える聴衆から熱い拍手を受けた。彼は1970年代初め頃、極東問題研究所を設立して後に「北韓大学院」をつくり、それが政治的に認められて統一院長官になり南北頂上会談を成功させた学識兼備なる人物である。
 朴在圭総長の演題は「東アジアの平和のための日韓協力」であり、東アジア共同体構築に要点があった。ヨーロッパ連合(EU)が出来るまで60年がかかったが‘石炭鉄鋼’と‘安保協力’の二本が軸になったことと、戦争とナチなど歴史問題が障害であったこと、それを克服するためには政治家の役割が大きかった。たとえばウイリー・ブラント(Billy Brandt)ドイツ首相は‘歴史の衝突’が‘政治の衝突’に続いてはいけないと思い、ポーランド国民に向かって冷たい床にひざまずいたのである。それは‘偉大な政治指導者’の‘真の勇気’だったと評価されている。
 東アジア共同体構築にも‘歴史の政治化’が問題である。脱冷戦秩序が定着されなければならず、歴史認識を改めなければならない。韓国民は‘痛切な反省と真実に充ちた謝罪の心’を込めた村山前総理の談話を記憶しなければならない。最近、日・朝・中3国間経済協力の増加は最も肯定的変化といえる。しかし歴史問題は依然として残り、障害になっている。それを切り開いていかなければならない。不幸な歴史を越えて、相互に信頼関係を築き、平和と協力、共存と共栄を達成しなければならない。
東アジア共同体の土台を作るためにまず安保協力が必要である。今までの経験の蓄積は有効であり、東アジア共同体の重要な礎石になるだろう。日本は19世紀明治革命によりアジアでは最初に近代化に成功し、産業国家として跳躍して隣国などに大きく影響を及ぼしてきた。東アジア共同体にも日本の役割は大きい。
 以上の講演を以って私は司会者として日本が戦前大東亜共栄圏の旗揚げのような誤解を招かないように、憂いを以って、歴史認識の問題に触れた。日本植民地歴史や儒教・漢字文化を以って共通の文化とするには問題があり、それよりは最近力強く共通文化として若者文化、K.ポップやJ.ポプのユースカルチャーなどにも注目すべきであろうと言った。つまり学ぶことはヨーロッパのようなキリスト教文化や価値観の文化をEUが共同体の基礎としていることを注目し、それとは異なる東アジア的なもの、比較的越境力のある文化と経済を活かすべきだとコメントした。


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華麗な宮中文化を讃美するような史劇

2013年01月07日 05時57分59秒 | エッセイ
世襲、42年間支配の国のシリアのアサド大統領(47)が演説し、民主化反体制派との停戦交渉に応じないと言った。6万人が死亡、50万人以上が周辺国に逃れているのに「私はシリアに生き、シリアで死ぬ」という態勢を崩さなかった。アサド政権と反体制派の戦闘が、イスラム教の宗派対立のようであるがアサドは少なくとも政治的責任、「アラブの春」という民主化運動を踏みにじること、悲惨な内戦を止めるべきである。歴史的には世襲王朝の時代が長く、普遍的であったが、近代においてそれを変えるのに数世紀がかかった。しかしその流れを拒否する国家がある。シリアや北朝鮮が代表的である。
 なぜ王様のような独裁者が生き続くのであろうか。史劇などでは華麗な宮中文化、その頂点に王族や皇族が君臨している。今でもそのような存在の人は生まれつき最高の贅沢をしている。それを批判的に考えず流行やファッションのモデル化している愚衆がそれらの存在を支えているのである。私は華麗な宮中文化を讃美するような史劇をほぼ見ていない。独裁を支持する民衆が問題であろう。アサドは国民が民主化運動で6万人が死亡しても豪華な生活を続けたいといっているとしか思えない。死者の怨魂を恐れ、人権を考えて、いち早く停戦条約に応じるべきであろう。
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鄭大均『韓国が反日をやめる日が来るのか』

2013年01月06日 07時07分29秒 | エッセイ
 
去年の夏までは日韓関係がよく、日韓親善とか反日という言葉自体が無意味な感があったが急変して悪くなった。その変化は一定のリズムがあるようにも思われる。悪くなる時は簡単にドン底へ、良くなるのはゆっくり徐々に上昇する。それは普通の人間関係でもそうである。よかった人間関係が失言や誤解などでも簡単に悪くなって、和解して直していくのは難しく時間がかかる。個人や国家においてもそんな関係は似ていると感じる。特に日本人との関係関係改善は難しい。それは日本の外交でも同様である。
 韓国の対日本感情はナショナリズムが横たわっている。韓国人による日本文化論はそれを表している。田氏の『悲しい日本人(日本は無い)』類の反日文化論、否定的な文化論が主流である。鄭大均氏の最新著の『韓国が反日をやめる日が来るのか』はそれらを網羅して検討したものである。反日は日本人には身に覚えのない、つまり韓国の事情から生まれた「反日」が韓国人のアイデンティティとなっていると主張している。小生の持論である韓国の反日は植民地の遺産より戦後の所産であり、日本に対するものではなく韓国の国内用である(『親日と反日の文化人類学』明石書店)とも軌を一にしている。鄭氏とは古い縁があって、時々会うたびに長く談話したが、最近無沙汰していて本を読みながら長く談話したような感である。
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「雀様は」

2013年01月05日 05時22分55秒 | エッセイ
連日新著『雀様が語る日本』(仮)の原稿の最終作業をしているのに有名な文化人類学者の田中真砂子先生が年賀状に「雀様は」と書いてくださり、嬉しく、そして驚いた。ご無沙汰しているのに一気に懐かしさが湧いてくる。「雀様」として私が日本を語ることは本欄では時々触れているがまだ公にはなっていない。韓国では還暦に近い人は「号」という芸名か別の名前を持つことが多い。しかし私は作名を勧められても未だに実名だけにしている。ただ文学少年時代には生まれ故郷の地名から「雲」とその雲が描く夢の「画」を合字して「雲画」としたことがあったが古い慣習と思い、使わなかったがある旧友から呼ばれて驚いたことがある。今私の雀様は「私小説」の「私」のようなものである。それは日本人からいただいた賜った「宝物」である。しかし文章の中には日本人を「漢字の文盲」と皮肉することばも含まれている。発行されたら注意しながら一読を願うところである。
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年頭に寄せて

2013年01月04日 06時09分41秒 | エッセイ
 メールでの新年の挨拶が増えて、年賀状は減っていくような感じがする。またブログよりはフェスブックが増えていくようである。年賀状を読みながら一言で言うならば「健康と平和」の祈念である。古い言葉としては「送旧迎新」であろう。私としては時間の流れ、その折り目である。否、単に時間ではなく、自分の身体の変化に限るようである。その一言をある弟子に「残った歳月が多くないと感じて原稿を書いている」と漏らした。私の心境をキャッチした彼から早速返事が来た。「歳月の流れを気にしないで…」と。それは難しい注文であるが、それに向かって思考するのも生き方ではないかと思っている。もう一つのテーマの平和も世界から、国家、隣、家族それぞれにおいて重要なものである。除夜の鐘を打つ時アナウンサーが「貴方にとって平和は…」といわれて大変困った。あまりも大きい、あまりも平凡な質問であった。
 
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教育政策

2013年01月03日 07時05分38秒 | エッセイ
韓国から新年の挨拶の通話の中で政府の教育政策の話が気になる。韓国の大学進学率は80%を越える高学歴社会の問題に対する政策の話である。在日朝鮮人を除いて海外韓国人の教育率は何処でも高く、民族性とも言える。科挙制度による伝統といってもその制度の本場の中国人の教育率より高いのは韓国的民族性とも言えるかもしれない。それは出世する力が教育にあるということ、したがって教育と就職問題の核心は大学入試制度、競争教育により社会問題があり、若者の自殺など深刻化してきている。李明博氏が当選後、すぐ英語教育を叫び物議を起こし、今度の朴氏の選挙公約で所得別大学登録料支援するということ、若者たちが情熱と創意性があれば就職することができるように支援するということなどである。当選者の朴氏は高卒政策として高卒採用を増やすために特性化高校に対する支援も増やすことを明らかにした。英語を一言も使用しなくとも就職できるとか高卒の就職の拡大をするという政策である。全国民大学卒のような学力社会が深刻な社会問題を起こすのもあるが、世界的な先進国への底力にもなっていることから教育政策は簡単ではない。
 大学は教育と研究の両機能を持って発展してきた。大学は職業訓練所ではない、教養と、専門知識、知性あるアカデミズムを通して人格形成に関わる教育の場であるはずである。大学の専門学校化現象はあっても浪費のような人生のモラトリアムの意味がある。教育哲学の古い伝統を持っていることを考えなければならない。教育指導者は教育精神が必要であろうとある指導者に提言したら「無駄な話」だといわれた。悲しい、寂しい。
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