崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

麻生太郎「延命治療」

2013年01月23日 03時41分51秒 | エッセイ
麻生太郎財務相が社会保障制度改革国民会議で「いいかげんに死にたいと思っても生かされてしまう」と延命治療を否定する発言が問題になっている。私は政治家の妄言、失言を問題にする風土を批判する文を本欄でも触れたことがあるように、今それを問題にするわけではない。特に本人が「個人の人生観を述べただけ」と言ったので、彼と同年代の私も個人的には似ている人生観を持っていながらも、社会倫理として重要な話であるから考えてみたい。
 まずこの世にはどんな人間が生きるべきか、生きる資格があるかという生命倫理を考えることである。萎れ死んでいく人、生まれなかったら良かったような人は生きる資格がないのかという問いである。この地球には健康な人だけが生きるのであろうか。極端に言うと働く能力者、立派な体格者、美人天国を理想とするのか、と問われる。この世にはすべての生き物が生存する資格と権利がある。
 このような価値観や生命倫理は大学生時代に哲学の時間などで教養として認識している。教養科目を無視して専門科目ばかり中心の教育制度の改悪、教養のない指導者を産出、教育の終末、それが終末医療を担当するという。「人を殺すな」という戒め、人それぞれ完全な存在である。病者や障害者、犯罪者も生きる資格と権利があるという認識に基づいて政策を立てるように提言したい。
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