崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

医者の死の予告(?)は死刑宣告とはどう違うか。

2012年03月22日 06時31分32秒 | エッセイ
 近い親族が医師から難しい診断結果を言われた。医師の死の予告(?)は死刑宣告とはどう違うのだろうか。ここには生命倫理が深くかかわっている。「死刑」は生命倫理的に問題が大きい。私はシベリアの残存流刑施設を見ながら刑について長く『サハリン:流刑と棄民』(民俗苑)で論じたが、ここでは要点を紹介する。
 人間誰でも迎える死を「刑」にすることはいけないと思う。犯罪人に「刑」を与えることは当然であろう。しかし死を「極刑」とすると人間の死も自然なものではなく、極刑になりうるからである。曼荼羅などには人は死んでから極楽か地獄へ行くことが描かれている。「刑」は地獄において行われるものである。たとえば舌を抜かれる、寒い氷の上に裸で放置される、火に焼かれるなどの刑罰が行われる。つまり死と刑は分離されている。これが人間の自然な感情であり、倫理である。古くは笞刑、強制労働などの刑があったが、人権思想によって矯正(?)へと改善されてきた。しかし死刑は「死の尊厳」を侮辱する制度になっている。アントン・チェホプが考えたように死刑制度は直すべきである。
 
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 卒業式 | トップ | 地方から世界へ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

エッセイ」カテゴリの最新記事