崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「無知」の力

2018年08月15日 05時29分58秒 | エッセイ

 今日は1945年8月15日の記念日である。韓国では国家指定の「国慶日」であるが、日本では祝日ではない。ただ終戦や敗戦の記念日といわれる。国家とは別に私にとってこの日はどんな意味だったのだろうか、考えてみる。7歳ころの私のその日の記憶としては、嬉しいこともなかったと覚えている。日本人の敗走、敗戦の意味が多かったように感じた。当時我が村では国家の勝利も失敗も無感覚であった。それは客観、中立的であったからとはとても思えない。ただ「無知」であったからだと思う。それは侮辱的な言葉かもしれないが、ある意味では正しい。最新著で私は戦争中に農民が共産主義にも民主主義にもどちらにも味方をせず比較的に無事だったと書いた。「無知」の力だという趣旨である。それを張竜傑教授が正しく評価してくれた。幼児の平安な顔から平和を感ずる。悪がしこい人が多すぎる世間が問題である。 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 関門花火 | トップ | ノモンハン »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

エッセイ」カテゴリの最新記事