崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

遅すぎ?

2019年01月12日 06時06分39秒 | エッセイ

 時々家内から「牧師になった方がよかったかも」と言われることがある。その度40代初め頃そんな誘いがあったたことを思い出す。神学の奨学金によるイギリス留学などを含め、大きな歩むべき道の大転換のチャンスがあった。家内と熟議して教育の道をと、教授の道を死守してきた。今まで信仰と教育の両道を歩いている。説教と講義はそれほど異ならないように思われるかもしれないが、実は大きな差がある。説教は実行や信念が前提になって信じて話したことを実行することが前提になっている。牧師は言行一致することが求められている。多くの有名な牧師は言行不一致で失敗する。
 私は自由な思考から結論を探る方が良い。この私の研究過程の部分が社会的に誤解されることがある。しかし私はその誤解を恐れ、修正することはない。それは信念、信仰心に基づくものであろう。信仰と教育の両輪で走る。
 家内は私が牧師になれない要因として「歌えない」のが大きい障碍として見ている。しかし昨夜も3時間歌番組を楽しんだ。一曲も歌えない私がポップからクラシックまでの音楽が好きなのはなぜであろうか。今からでも牧師職に挑戦してみようか。いやいや、すでに遅すぎ。

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