崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

文明批評家になりたかった

2012年03月17日 06時12分28秒 | エッセイ
 文明評論家の吉本隆明氏が死去したというニュースを聞いて思い出す。彼の関心は私と共有するところが多いからである。私は中・高時代に文学少年であったことは以前に触れたが、大学時代では文学・文明評論家を目指した。それは自分の能力の文学少年の限界であり、文学創作の作家より読む評論家への転換であった。大学1年生の時から「ソウル大学新聞」に「西部戦線には異状なし」「チャタリー夫人の恋人」などの評論を掲載した。文学から文明へ広げるためにT.S.エリオットの長詩『荒地』(The Waste Land、1922年)を愛読、心理学や民族学へも関心を広げていった。病気で中断されたが、人生を深める転機でもあった。
 知識人が社会へ発信するという立場でありながら社会運動はしなかった。当時韓国では社会運動とは刑務所の経歴をもつことであるが、私にはそれがない。その代わりに著述で社会参与をしたかった。しかしその声は小さすぎであった。後に植民地研究をすることになった。大派の反日感情への批評は力不足であった。今度寄稿した「日本民族学者の植民地意識」にはその批評を試みた。文明評論家になりたかった夢を実現していこうと思う次第である。
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