崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「歸去來兮辭」

2013年02月14日 04時28分28秒 | エッセイ
 新旧の長い「正月」の期間に往来した安否の挨拶の中にイギリスと韓国からの電話で印象的な言葉があった。韓国では定年退職の前に「名誉退職」というものがあって、早めに定年して新しいことを始める話がある。帰郷して田園生活か、趣味として農業をする人もいる。その農園に来てみないかという誘いもあった。農村から都会へ出た人が老後に帰郷するサイクルである。
 中国の田園詩人の陶淵明の「帰去来辞」を思い出す。彼は41歳のとき自分の理想とする生き方に合わず辞職をして帰郷した。「歸去來兮辭の」序文には運よく着いた官吏の職を捨てて、二度と職に仕えることを欲せず、残された生涯を田園で過ごそうと決心したと書いている。当時職を辞めての帰郷が後代にロマンチックに思われ詠われるようになった。
 韓国には帰郷者が多い。彼らは長い間の職を捨てて土に戻るという「歸去來人」であろう。彼らの人生観には世俗の汚れから逃れようとする思想がある。権力、名誉、知識などを空しいことと否定し、自然に戻るという意識がある。私の母は口癖のように農業はどんな人がしても良いので出世して「両班になれ」といった。私はまだ職業として教育に関する仕事をもっている。母の誤った教育観に影響されているのかもしれない。この春に家内も定年退職をすることになったことに韓国の甥からその労苦に感謝しながら彼は60過ぎ、今から新しい事業を始めるとメールを送ってきた。失敗の多かった彼はこれから成功するだろうと期待するところである。(写真は杭州西湖の西側すぐ近くに位置する毛沢東の迎賓館だったホテルが遠く見える)

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