崔吉城との対話

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「ナドリ通信」への寄稿文「負の遺産と日韓関係」

2013年01月18日 05時24分09秒 | エッセイ
 昨日の毎日新聞(下関版)の朝刊に西嶋大法氏の取材を受けた記事「映画で文化の違い解説」という見出しで写真と共に掲載された。「翻案」(人の総作品を使って背景や人物などを変えて創作した作品)をもって日韓文化の違いを探る作業を要領よく趣旨が効果的に報道された。
 昼過ぎ福岡で韓国通として日韓関係の橋渡し役の板井一訓氏が「ナドリ通信」21号を持ってこられた。そこには私の寄稿文が載っていた。忘れかけていたものを改めて読んで自分で新鮮だと感じたりした。以下全文を紹介する。

 作家田中慎弥氏が「歴史とか戦争をストレートに書くのはつまらない。一人の人間の体験をきちんと書けば、結果的に歴史が出てくる」(文芸春秋を引用)と述べていることが私の心に残っている。丁度私が研究中のテーマが植民地や戦争そのものを対象としているのではなく、それを体験した方々を対象としている意中を彼が述べた感じがする。
 2009年3月山口県周南市八代村の弘中数実氏(90歳)にインタビューしたことがある。彼は中国でソ連軍に逮捕され、シベリアを経由してカザフスタンに強制収容された。4年後に帰国して「浦島太郎になったようだった」といい、物価が高いのに驚き、親族の子供たちが大きく成長したのを見て年月の長かったことを実感したと語っておられた。彼は収容所時代を堂々と語り、悲しくも残酷にも語らない。
彼は収容所の話を青春時代の良い経験を語るように明るい表情で語った。彼は自分の辛い過去を昇華して生きてきておられると私は感じ、ショックを受けた。なぜなら既存の大量の証言集は悲惨な記憶と平和主義による言説を訴えているが、それとは異なるからである。既存のインタビューや証言を読み直すべきであろう。
 私も朝鮮戦争などの辛い記憶を持っている。人によっては恨として持ち続けるかもしれない。また、人によってはそれを若い時の多くの経験や体験と一緒に混合してその人の生き方に影響している。悲惨な戦争をノスタルジアのように語る人もいるが、その方については、戦争や略奪などを反省しない破廉恥な行為として非難する人もいるかもしれないが、その必要はない。確かなことは過去や歴史は当時そのもの、そのままではないということである。
国家も悲惨、悲劇的な歴史をもっている。終戦から67年、その近い過去がそのままの歴史ではないはずである。日韓関係には植民地からの負の遺産としての歴史がある。戦後の歳月はその負の遺産に影響されてきた。歴史を政治的なカードにしてはいけない。



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