崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

 密葬

2013年01月09日 04時50分44秒 | エッセイ
 親しい知人の伊藤巧氏が年末に実父と義理の父の二人を亡くした。家族密葬と言うことでお悔みを差し上げることができなかった。家族葬やお悔み拒絶などは迷惑をかけないということ、さらに差し上げることも迷惑になると言うことで遠慮する現状である。遅くてもなんとか慰める方法がないかと友人石本弘之氏に相談したら、改めてお悔みをあげるとむしろ負担を与えて迷惑をかけるということで遠慮した方がよいとい言われた。心だけ伝えておくというのである。一方いわば俗に有名人であれば宣伝過剰のように葬儀や追悼式が盛大に行われる。冠婚葬祭は喜怒哀楽をともにするという共同体の社会生活の基本とも言えるのにその機能が弱くなくなりつつある。
 密葬を通して遠慮心がダブルで動いていることを感じた。一家の異例な二人の葬儀に参列できずお互いに心使いが二重三重に往来したことを感じた。礼儀作法が省略されても大事な心が消えたわけではないこと、貴重な発見であった。
 
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