崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

映画活動弁士麻生八咫氏

2012年09月17日 05時45分57秒 | エッセイ
昨日下関田中絹代塾で映画活動弁士麻生八咫氏によって無声映画『瞼の母』(1931年、監督稲垣浩、主演片岡千恵蔵)を鑑賞した。六十数年前に見たことを思いを浮かべながら弁士のことが詳しく知った感がした。昭和映画史を短時間で大いに勉強ができた。聴衆は小人数で弁士には申し訳なかった。もったいない。台風の影響か、広告が足りなかったのか、残念であった。10月21日の下関国際映画祭には下関市民会館で「金色夜叉」を予定しているので是非参加していただきたい。
 映画の中には字幕や台詞のような文が挿入されていてそれを弁士がスムースに感情がよく伝わるように語っていた。画像の流れにそって実に自然さが守られ、否、実際の俳優のセリフより感動的な芸術であった。男女の登場人物の台詞を一人でこなし、時には演劇の独演のように、時には雄弁に語り、映像に隠れ囁くようになっりする。私は戦前の朝鮮映画から挿入文を見つけ、ドイツやオランダの映像から挿入解説文と関連して考えたが、弁士との関係があることを検討するのにヒントを得た。この弁士に会う直前まで私は教会のメンバーたちに私の死生観を独演のように語って、かなり疲れたはずであるが、それでも質問させていただいたり大勉強をし、友人の石本弘之氏の招待晩餐でまた大きい声で話してグロッキー状況のままベッドへ、台風16号が窓を激しく打つ。