崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

表彰される人

2011年01月05日 21時53分00秒 | エッセイ
 年賀状の中から二人がそれぞれの分野で表彰されたことがわかった。お目でたいことである。彼らはその他にも以前に受賞したことがある人である。賞を受ける人の人間像がありそうである。業績上、社会的に貢献した人である。さらに性格が無難で、多くの人から好かれる、また人脈を広く持っている人である。
 私は去年出版した著作集第2巻が大韓民国学術院から出版優秀図書として択ばれたことが精々であり、韓国国立国楽院が私の所蔵品を展示するコーナーを設けると連絡があった程度の小さいものはあっても、賞などとは縁がない。むしろ非難されることが多い。それは私の「狭き道を歩く」という信念による生き方にあると思う。「上を向いて歩こう」(歌詞)とか「君子大道行」(論語)とは違う生き方である。ここでイエスを考える。彼は人を愛しても裏切られて殺された。でも世間を恨んだりはしなかった。

新年挨拶の多様化

2011年01月05日 06時06分40秒 | エッセイ
 韓国の一部の知識層とマスコミは新正月を祝う。香港や韓国での正月を祝う映像が映っていた。韓国の李明博大統領は年頭記者会見で北朝鮮が核を放棄したら経済的に支援すると発表した。過去に私が過ごした韓国では新正月と旧正月の葛藤があって、両方を祝う「二重過歳」が流行した。それがある程度定着して両方を祝う人もいる。陽暦の新年祝いの正月は「年中行事」の一つであり、旧暦による旧正月は伝統的な「名節」に当る。友人の李相日氏は新正月を祝うという。
 10年間の日記帳の最終年が始まった。今までの大晦日の日記には中国からの留学生、韓国人が集まった。1日は例外なく新年礼拝に参加したが、今年は元日が土曜日なので例外的に新年礼拝が2日になった。毎年韓国や中国から新年祝いの電話が来る。元日の朝最初の電話は韓国の姜顕秀氏夫婦からであった。一昨年大晦日の夜を一緒に我家で過ごしたことを思い出してくれた。また中国の延吉の延辺大学の教え子の金俊教授からも電話があった。新年挨拶もインターネット、電話、カードなど多様化している。
 日本人は電話より年賀状で祝う習慣がある。年賀状も両方が交わすもの、一方的なものなどがあり、一応今日の線で終える。ただ外国へ、特に旧正月圏にはまだ遅れてもよい。書くのは楽しい。明日は職場の新年始務式である。(写真は2010年大晦日の晩、留学生たち、左端は李)