崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

佐賀県立名護屋城博物館

2008年01月23日 06時41分32秒 | エッセイ
先週、戦前京城生まれの著名な地理学者の紹介で植民地時代の朝鮮の絵葉書を多く管理している佐賀県立名護屋城博物館の学芸員の浦川氏に会うために昨日佐賀まで行ってきた。距離に反比例して時間が掛かり、まさに一日旅行であった。文化人類学者の原尻氏の調査地として知られている筑前も通過した。数時間で3000枚の植民地朝鮮の絵葉書に目を通した。洗濯する場面や乳を飲ませる若い母の写真、カメラが一般化されていなかった時代の記念写真的なものとして意味があったなどと浦川氏は説明してくれる。日本ではコレクターによるものが1万枚くらいあり、韓国にもその半分の量はあると推算される。現在われわれは絵葉書を多く利用するがその絵よりは手紙としての意味が高い。しかし一昔前は絵葉書の手紙より「絵」が大切にされたという時代を読めた。エスカレーターの階段も早歩きで歩き、連絡口を走って電車に乗った時はすでに夜であった。