崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

韓国人と日本語で談話

2008年01月13日 06時54分23秒 | エッセイ
 今は53歳になった昔韓国の大学での弟子の女性がわが家を訪ねてきてくれた。しばらく二人きりであったのに日本語で話をした。韓国語で切り替えようかと思ったが変えたら雰囲気がどのように変るかが気になって終始日本語になった。自然に韓国語より敬語体になった。彼女は時々自分には丁寧語は使わないでくださいといった。日本語の設定の不自然さを感じたようである。ほんとうは慶尚道方言の韓国語で話せばよかったかもしれないが、私は慶尚道で15年も住んでも方言はできない。韓国語と日本語のどちらかを選ぶのは意味や言葉の上達のコンテキストよりは雰囲気のコンテキストで決まることに気がついた。
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