書名「外岡秀俊という新聞記者がいた」
著者 及川智洋 出版社 田畑書店 出版年 2024
いま新聞は存亡の危機に面しているといっていいだろう。ニュースは新聞でもテレビでもなくネットでということが当たり前のようになり、新聞もネット講読を進め、紙で新聞を読むということはどんどん減っている。スポーツ紙だが東京中日スポーツが紙での発行を来年からやめるというニュースも入ってきた。この波はさらに拡がっていくだろう。そうした中一番問題なのは、新聞が紙で存在する意義それ自体を自ら否定して、ネットニュースの手法を踏襲しようとしていることだ。そんなときにこの本が出版されたことの意義は大きいと思う。
新聞がまだ輝きを放っていた時代を記者として現場やデスク、さらには編集局長という管理者として、朝日新聞のまさに一線で働いてた外岡が退職後、朝日の後輩記者だった著者を相手に、長い時間をかけて、新聞記者としてなにをしたのかを語るオーラルヒストリーとなっているこの本は、外岡自身が、生前葬とも語っているように、単なる回顧談に終わっていない。新潟支社時代からはじまって、支社での記者生活、文化部での仕事、ニューヨークやロンドンでの海外での仕事、さちにはアエラ時代と、外岡が朝日新聞のエース的存在であったことが、よくわかる。記者生活での彼の姿勢は一貫していた。現場での取材、そして歴史的検証をしていることだ。時代になびくのではなく、歴史のなかでどう位置づけるかということを常に意識していたこと、これこそ新聞の一番の使命ではないか、そう思う。
もうひとつ大事なことは、安倍が最初に政権をとった時、外岡が権力がマスコミに介在してくることを予知、それに対して危機感をもって対処していたことだ。二度目に政権をとった安倍そして菅は、マスコミに圧力をかけ続け、そしてマスコミ側はそれに対して忖度ということで応じてしまった。外岡があの時持っていた危機感をほかのマスコミが共有できなかったこと、それがいまのような脆弱なマスコミの体制をつくってしまったのではないか、そんなことも気づかせてくれた。
外岡さんは同世代、彼の書いた「北帰行」は当時一番衝撃を受けた書だった。新聞記者を早期退職して、独自に東日本大震災を取材しながら、マスコミのなかではなく一ジャーナリストとして活動、最晩年彼が北方文化圏を意識しながら、またギアチェンジして次なるものを目指そうとしていたことを知って、いま自分がやろうとしていることは、これだと思った。どちらかというと新聞記者ではない外岡のことをずっと意識していたのだが、この書を読んで、新聞記者外岡秀俊もすごい人だったのだと思い知らされることになった。惜しい人を亡くしてしまったものだと改めて思う。
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