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リンドバーグ夫人の愛(PART 1)

2011-08-26 16:30:08 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ
 
リンドバーグ夫人の愛(PART 1)






デンマンさん。。。あんさんは、どないな訳でリンドバーグ夫人を持ち出してきやはったん?



あのなァ~、つい最近リンドバーグ夫人の書いた『海からの贈り物』を読み終えたのやがなァ。

どないな本やのォ~?

単行本で115ページの薄っぺらな本なのやァ。 わてが手にしたのは2000(平成12)年に印刷された新潮社のものやけど、1967(昭和42)年以来すでに63刷を重ねておるねん。 つまり、隠れたベストセラーやがなァ。

それ程ええことが書いてあるのォ?

実は次の記事の中で、わてはリンドバーグ夫人の本から引用していたのやでぇ~。。。

『愛を信じて』

(2011年8月7日)



自分だけが愛されたい



我々は皆、自分ひとりだけ愛されたい。
「林檎(りんご)の木の下で、私の他の誰とも一緒に座(すわ)っちゃいや」という古い歌の文句の通りである。
そしてこれは、W・H・オーデンが言っているように、人間というものが持っている一つの根本的な欠陥なのかもしれない。




どの女も、男も、
持って生まれた迷いから、
適(かな)えられないことに心を焦がし、
普遍的な愛だけではなくて、
自分だけが愛されることを望む。


しかしこれは、それほど罪なことなのだろうか。
私はこの句に就いて或るインド人の哲学者と話をしていて、非常にいいことを聞いた。
「自分だけが愛されることを望むのは構わないのですよ」とその哲学者は言った。

「二人のものが愛し合うというのが愛の本質で、その中に他のものが入ってくる余地はないのですから。 ただ、それが間違っているのは時間的な立場から見た場合で、いつまでも自分だけが愛されることを望んではならないのです」というのは、我々は「二つとないもの」、---二つとない恋愛や、相手や、母親や、安定に執着するのみならず、その「二つとないのも」が恒久的で、いつもそこにあることを望むのである。

つまり、自分だけが愛されることの継続を望むことが、私には人間の「持って生まれた迷い」に思える。
なぜなら、或る友達が私と同じような話をしていた時に言った通り、「二つとないものなどなくて、二つとない瞬間があるだけ」なのである。



(注: 赤字はデンマンが強調
写真とイラストはデンマン・ライブラリーより)




62-63ページ 『海からの贈物』
著者: リンドバーグ夫人 訳者: 吉田健一
2000(平成12)年7月15日 第63刷発行
発行所: 株式会社 新潮社




どうや、めれちゃん。。。覚えているやろう? まだ3週間も経ってへんさかいになァ。。。



思い出しましたわ。 あなさんはわたしの短歌を『即興の詩』から引用して「自分だけが愛されることの継続を望むことは、人間の迷いやァ!」というような事を言ってから、結局、『即興の詩』サイトを再開するように言うてましてん。


裏切りはやさしく
 
 

 
 
うらぎりは

やさしい言葉で

つつまれて

それがわたしを

深く傷つける

 
  
by めれんげ
 
2009.02.12 Thursday 13:39




「即興の詩」
『裏切りはやさしく』より

『昇華とカタルシス』に掲載。
(2009年5月10日)

 



分かっているなら、わたしの心を深く傷つけんで欲しいわア。



そやから、めれちゃんのためにリンドバーグ夫人の文章を引用したのやないかいなァ。 要するに、めれちゃんはわてと小百合さんがちょっとだけ親しみを込めて語り合ったら、自分がもう愛されていないとムカついてしまったのや。 それで、次のようなえげつないことを書いたのやないかいなァ。 (苦笑)




愛あらば
他の女性と関わるなかれ

そのひとと睦まじきを見て
われはきみより去る
 
 
めれんげ




『愛の虚構 (2009年3月23日)』より

『嵐の去った静けさ』にも掲載。
(2009年4月7日)




それにしても、あんさんは、ずいぶんと昔の事を蒸し返してますやん!?



昔のことではあらへんがなァ。 2年前のことやでぇ~。。。

それで、あんさんは何が言いたいねん?

めれちゃんはムカついて『即興の詩』サイトまで閉鎖してしもうたのやでぇ~。 そやから、もう一度「気付き」をゲットして『即興の詩』サイトを再開したらどうやねん?

すぐには返事できませんがなァ。。。もう少し考えてみますう。




『愛を信じて』より
(2011年8月7日)




。。。で、どうやねん? 『即興の詩』サイトを再開する気になったのかいな?



あんさん!。。。そないな事はどうでもええやん。 それよりも「リンドバーグ夫人の愛」って、どないなものやのォ~?

それが知りたかったら次の小文を読んでみィ~なァ。


一種類の愛だけではない



結婚の絆ということはよく言われるが、この段階に達してそれは多くの、性質も抵抗力も違った絆の集まりになって、容易なことでは破れない一つの網が作られる。 それは愛でできているのであるが、ただ一種類の愛だけではなくて、最初の憧憬に満ちた愛、それから次第に生じた献身の情、そしてそのいずれもを絶えず支えているのは友愛である。

この網はお互いに相手に対して忠実であることや、相手に依存していることや、共同の経験ででき上がっている。 それは巡り合いや、失望の記憶で編んである。 それは共通の言語、また、言語の不足を共通に受入れることからできている。 網でもあり、相手の好みや、癖や、ものごとに対する反応の仕方の知識もその中に入っている。 それは本能や、直覚や、意識された、また、無意識の交流で作られているもので、こうしてこの網は毎日を一緒に過ごして同じ方向を眺め、その方向に一緒に仕事をすることからくる親しみから生じて、それは時間的にも、空間的にも、人生と同じ性質のものなのである。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




71ページ 『海からの贈物』
著者: リンドバーグ夫人 訳者: 吉田健一
2000(平成12)年7月15日 第63刷発行
発行所: 株式会社 新潮社




それ程すばらしいことが書いてあるとは思えんわ。。。こないな事は、いわば常識とちゃうん?



ん。。? 常識。。。?

そうですう。 誰かて結婚の絆が一種類の愛だけででき上がっているとは思ってへん。

めれちゃんもマジで、そう思うのか?

そうですう。 あんさんがわざわざ引用するほどの文章ではあらへん。

つまり、めれちゃんも人生経験を積んで学習するようになって、結婚の絆がさまざまな愛ででき上がっていると理解できるようになったのかァ~?

わたしは10代の頃より、そないに思うてますねん。

何をぬかしてけつかんねん! めれちゃん!。。。いいかげんにしいやァ~。。。めれちゃんはムカついて次のように書いたのやでぇ~。。。

 (すぐ下のページへ続く)





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