炭焼き小屋のある風景



クリックで取材メモ一覧に戻ります

 幕府領だった旧炭焼村の農家にうかがって話を聞いたら、江戸時代も山里の暮らしは貧しかったけれど、駿府まで年貢の炭を納めに行くのは妙に誇らしく、行きは炭を担いで堂々と胸を張り、帰りは石を投げられないかと、こそこそ隠れるようにして帰ってきた、という言い伝えを聞かせていただいた。

|布沢集落の炭焼き窯|2012年8月22日|

 旧炭焼村より南にある布沢川に沿った旧布沢村は小島藩の領地であり、小島藩領で焼かれた炭は、年貢の一部として藩に治められ、江尻の湊から船積みされて江戸小石川にあった藩邸に送られたという。小島藩は城を持てない貧しい小藩だったので、そんな話しを聞くのも心のぬくもりになる。

|布沢集落の炭焼き窯|2012年8月22日|

 布沢集落を歩いていたら、小さな屋根で雨を防いで、石と土で盛り上げたものがあるので近づいてみたら、どうやら炭を焼く窯らしい。なるほど、平地ではこんな窯を築いて炭を焼くのかと興味深く拝見した。

|布沢集落の炭焼き窯|2012年8月22日|

 炭焼き窯を見て少し上流に歩いたら布沢自治会館があった。清水エスパルスの写真を用いた静岡市のポスターが掲示されており、固定資産税第2期の納期限は8月6日、市・県民税第2期の納期限は9月5日だと書かれていた。焼いた炭で納めるわけにも行かない現代人は頭が痛いだろう。

|布沢自治会館|2012年8月22日|

コメント ( 0 ) | Trackback ( )
« 茶畑のある風景 四十坂 »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。