電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
【母と歩けば犬に当たる……87】
87|木の名前
毎週末郷里静岡県清水に介護帰省するようになり、季節の襞に沿うようにして生きている。
12月も後半とは思えないように暖かな冬の日だけれど、それでも季節はしっかりと決められた仕事をこなし、見上げた空に見事な鈴なりの木の実を見る。
「○○さんの玄関先の木が見事に実をつけてるね」
と母に言ってみたが、母は見た記憶がないと言い、人は元気で暮らせているうちは、そうそう空を仰いで感慨に浸ったりしないのだろう。
思えば3人の親が倒れてから、空を見上げ、季節の移ろいに感嘆し、溜息をついたりすることが増えたかも知れない。
旧東海道沿い、清水入江3丁目。さくら幼稚園(★1)の向かい辺りに広大な空き地があり、母に聞いても以前何があったのか覚えていないそうだが、いまは駐車場や高齢者のゲートボール場になっている(★2)。その広場の片隅に、以前の居住者が植えたのか、形の良い木が1本だけ伐採もされずに残っていて、青々とした葉を繁らせる姿を美しいと思ったことがある。この木もまた同じ木の実をつけていた。
12月20日はは母の誕生日である。
12月18日、一足早く、ワイドビュー東海1号に乗ってお祝いに駆けつけてくれた友人と『♪ハッビーバースデーツーユー』を唱い、大曲交差点近く、清水鶴舞町『シェ・ヒロ』(★3)の小さなケーキを食べて、ささやかな誕生祝いをする。
清水を去る前に町を案内しながら、インターネットで魚の取り寄せをしているという美濃輪稲荷大鳥居前の魚屋(★4)に行く。インターネットの通販であっても、店主と顔を合わせ言葉を交わしておくだけで、心が通うように商品も通うのである。
午後4時を過ぎ、夕方の買い物客で混雑しているので、商売の邪魔をしないよう、美濃輪稲荷神社(★5)の境内を時間つぶしを兼ねて案内していたら、またまた同じ木の実をつけた木があり、ありがたいことにこちらには樹種を記した木の札が下げられていた。そうか、センダン(★6)というのはこういう実をつけるのかと初めて知り、美濃輪のお稲荷さんに感謝する。
東京へ戻る日の朝、さくら幼稚園向かいの広場にセンダンと名前のわかった木を撮影しにもう一度訪ねたら、日曜日であることからゲートボールのお年寄り達もたくさんいて、横で
「ほうほう、あの木はなんてったっけかなぁ」
などと話しているので、
「この木はセンダンですよね」
と声をかけたら、
「ほうだほうだ、センダン、センダン、センダンは双葉より芳しってゆうじゃん」
などと賑やかに話し合っていた。
空を見上げ、季節の彩りに心動かし、その名を言葉にして他者と共有できるのはあたたかなものだなぁと思う12月の朝である。
(2004年12月19日日曜日の日記に加筆訂正)
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★1 さくら幼稚園
静岡市清水区入江南町にある昭和27年開園の幼稚園。
★2 空地
静岡市清水区入江3丁目にあったその場所には、いま入江生涯学習交流館が建っている。
★3 『シェ・ヒロ』
静岡市清水区鶴舞町にある洋菓子店。この頃、シュークリームがおいしいという口コミで一躍人気店になった。
★4 美濃輪稲荷大鳥居前の魚屋
静岡県静岡市清水区美濃輪町にある鮮魚店「魚初」。
★5 美濃輪稲荷神社
静岡市清水区美濃輪町にある次郎長ゆかりの神社。
★6 センダン
栴檀と書くセンダン科の落葉高木でアジア各地の暖地海辺に自生し高さ約8メートルほどになる。
【写真】 清水入江3丁目の栴檀。
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